血継限界 "癒無眼"

「外出許可までもらっていたなんて感心しませんね」
「…出来心だ。お前が子供相手にする所等早々見られるものではないから、つい…」
「大方リーさんが元凶だということは大体分かっていますけど」

仮試験も無事に(コソコソと)見届け、テンテンとリーと別れて病院に戻った俺を待っていたのは、先程まで仮試験の結果を子供達に話していたはずのハヤだった。怒ってはいないようだが、その笑顔にひくっと頬を引きつらせた俺は申し訳ないとばかりにベッドに腰かけると、目の前に座るハヤに軽く頭を下げた。

「中々楽しかったですよ。生意気な生徒さんばかりでしたけど」
「見ていてこっちがハラハラしたよ…」
「ふふ。でも生徒さん方のおかげもあり短時間で終わる事ができ、こうやってまたお見舞いに来れているのですから、生徒さん方には感謝しないといけませんね」

最後の方は子供達の方が焦っていたがな。最初はハヤの笑顔を素敵だと言っていた子供達も、最後の方では怒りの笑顔ということに気付いたらしく、イルカから名前を呼ばれていく毎に声がハキハキとしだし行動も早くなった…まあ恐ろしかったんだろう。少し気の毒だと思ったのは秘密だ。

「明日からはまた通常任務だと思いますから、また来れなくなりそうです…」
「そうか…。無理だけはするなよ、お前に限ってそんなことはないと思うが…」
「はい。ご心配ありがとうございます」

ふわりと俺に向けた今の笑顔にドキリと心臓が鳴る。何も隠されていない本当の笑顔。その笑顔を見せてくれるのは、俺とヒナタ様の前だけだった。

物心ついた時にはすでにハヤが日向宗家に住んでいた。住んでいた、とは言ってもやはり日向一族の者ではないからか敬遠されていたのも事実。最初は可哀想だと感じていた俺も、日向の呪印を受けた辺りから彼女に対して冷たく当たるようになっていた。日向宗家でもなく、日向の名すら受けついでいない少女が宗家に居座っているということに俺は許せなかったんだと思う。しかしその頃の俺は、彼女の右眼に日向の呪印が施されていたことを知らなかった。

彼女の右眼には白魚一族の血継限界である"癒無(ユム)眼"という瞳術が開眼していた。瞳術使いの一族なら両眼開眼する物だが、癒無眼というのは片方のどちらかのみが開眼するらしい。その眼の能力は瞳術を持つ一族の目を癒すことができることともう1つ。相手の目の細胞を壊す…つまり失明させてしまうことができるのだ。そこで"眼の癒し"を求めた日向は"失明"を恐れ、日向に向けて"失明"させる術を使えないように宗家自ら受け入れたハヤの右眼に呪印を施したのだった。中忍試験直後にヒアシ様から聞いたその事実は、俺が持っていたハヤのイメージを覆したと同時に、彼女を知りたいと思うきっかけにもなった。もちろん最初はお互いそう簡単には心を開けなかったし、俺がハヤに気持ちを持ち始めたのはヒナタ様のおかげでもある。

「どうかしましたか?」
「いや……なんでもない」

するり。ゆっくりとハヤの右の瞼に触れた。あの時の俺は若く愚かで何度も彼女を傷付けたことだろう。ハヤの右眼は日向の呪印で灰色に染まっている…この眼で映す度に何度も自分が言った言葉に後悔した。

「…ネジ」
「痛い、よな…」
「いいえ…ネジの方が痛そうです…」
「俺に…呪印はもうない。けど、ハヤの気持ちはよく分かるんだ…」
「いいんです」
「…」
「身寄りのない私を引き取ってくれただけでも充分に感謝しています」
「ハヤ…」
「でも、呪印というお揃いがなくなったのは少しばかり寂しいですね。ふふっ」

お前はどうして何も言わないんだ、それでは俺だって辛いのに。おどけた笑顔を作るハヤを見て、眉間に皺を寄せる。それでも抱きしめてやるような度胸すらない俺は、笑顔を向けるハヤを見ることしかできなかった。

2014.03.17

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