静寂の灯火

「…全部変わり身だな」
「相手も"五月雨"の存在を知ってたのかも知れねぇな。ハヤは色々と有名だし」

忍と思われるすぐ近くに降り立った私達は、考えもしなかった光景に目を見張った。そこにはゴトリと地面に転がる身代わりの木の姿ばかりで、人の姿はない。周りに微かな人の気配が残っているものの、すでに逃げ出した後だった。

「試されているようで不快ですね…どうしましょう、ゲンマさん」
「変わり身があるってことはもう少し奥に誰かいるかもしれない。罠ということも考えられなくはないが…ハヤがいる以上あっちもそれなりに警戒してんだろ、だったらもう少し攻めてみるべきだと思う」
「ああ、それにハヤに何かあったら俺が命をかけて守る!もちろんゲンマのこともな!!」
「や、俺は自分の身は自分で守れるし…」
「私もです。行きましょう、ゲンマさん」

たんっと木の枝へ飛び移ると微かな気配を頼りにそちらへと視線を向ける。続いてゲンマさんとマイトさんも気配を感じ取ったのか無言で頷くと足を急がせた。足を運んだ先々に、微かに残る気配。しかしそれは途中で途切れるばかりで、アジトを指し示す手掛かりには程遠いものだった。

「相手も撒くのが上手いな、足取りが掴めねぇ…」
「褒めてる場合じゃないでしょう。まあでも確かに…今回の方達は随分頭の回る忍ばかりですね」
「いっそ個々に分かれて探す方が早いかもしれんぞ?」
「いいえ、それは駄目です。相手が何人で動いているかも分からないのに単独行動をするのは少々リスクが高いように思います。それに敵の忍が誰1人として足取りが全く掴めない事実は、皆それなりに能力が高いということ。危険です」
「それもそうか…」
「もう少しこのままで動きましょう。3人一緒であれば、もし奇襲をかけられたとしても対応できますから」
「…相変わらず女版シカマルみたいなヤツだな、お前」

納得するように顔を真面目にさせたゲンマさんは、気配の残る場所へと駆けていった。女版シカマルってなんですか、と思いながらもそれに続いて背中を追って行く。無事に任務を終えて、早くネジに会いにいきたい。‥その支配欲が私の足をさらに急がせていた。








「…収獲無しか」

結局広い森を探索していた私達は、暗くなり始めた空を見て追跡任務を断念することにした。日が落ちると任務遂行も難しくなり、効率良く捗らない。夕方には任務を終えて戻りたかったのにと溜息を吐きながら、報告書を手に火影室へと足を運ぶと、私達を待っていたと言わんばかりに綱手さんが椅子に腰掛けていた。

「追跡できるような跡も殆ど伺えませんでした。ハヤの"五月雨"も使ってみましたが、多分こっちの情報をどこからか入手してたんでしょう。今回もあっちが1枚上手でしたね」
「面倒だな…まだ誰1人として捕縛できていない。住民達も落ち着いて生活できないだろうしなんとかしてやりたいが…お前達でも行方は掴めなかったか…」

深く溜息を出す綱手さんを見ながらもちらりと視線を時計に移す。20時。早くしないと面会が出来なくなってしまうと考えながら、机の上に報告書を出した。今回の忍の能力予想、人数…事細かに書いたそれを綱手さんは読み上げて私にニヤリと笑みを返した。

「お前の書く報告書はいつも分かりやすいな。次の策が立てやすい。今日は3人とも戻っていいぞ、追って連絡する。御苦労だった」
「では」
「よおし!ハヤ!今か、」

マイトさんから声をかけられるより早くその場から消えた私は、急いで木の葉病院へと向かった。凄く遅くなってしまった。やはりヒナちゃんに行ってもらうべきだったかもしれないと思いながらも、ネジに会えるという事実が私の頬を綻ばせていた。








「…もう20時過ぎか」

木の葉病院の一角、ベッドの上で本を読みながらいつも来てもらっているヒナタ様の姿が一向に現れないことに気付き、俺は眉間に皺を寄せて時計を見た。確かにそんなに無理はしなくていいからと言ったことは何度もあるが、それで何も言わずにヒナタ様が来ないわけがない、ということはよく知っている。

まさか、‥何かあったのでは。ざぁっと嫌な予感が脳裏を掠めていく。ヒナタ様が任務で怪我をされたんじゃないか、ヒナタ様が何者かに言い寄られているんじゃないか、ヒナタ様がナルトに…

「なっ、それは、ない!!」

パァン!と勢いよく本を閉じると同時にガラリと開かれたドア。そこにいた人物を視界に入れると、目を見開くと同時に何故ヒナタ様が来ないのかを理解した。

「何を1人で騒がれているのですか?」
「ハヤ、か…いやすまん、なんでもない」
「ネジのことですから、ヒナちゃんがなんで来ないのか心配していたのでしょう?すみません、今日は私が行くと言い張ったものですから…私では嫌、でしたか…?」
「そんなことはない!」

慌てて否定してみるも、ハヤは俺がそう言うかを分かっていたように意地悪そうな笑みをしてクスクスと笑い出した。全く、否定するのを分かってて言うなんて酷い奴だな。そう言う俺を横目に見舞いの花をテーブルの花瓶に入れ、ハヤはベッドの横にある椅子に腰掛けた。

「ふふ、そんなに声を張らなくても」
「相変わらず意地の悪い…任務は…終わったばかりのようだな」
「ええ。もう少し早く終われると踏んでいたのですが、そんなに上手くいかなくて…遅くなってすみません、何か不自由なことはありませんでしたか?」
「いや、大丈夫だ。来てくれてありがとうハヤ」
「いいえ。私がネジに会いたくて来ただけですから」

俺だって、お前に会いたかった。久しぶりのハヤの姿を視界に入れながら笑みを浮かべると、そんな想いをしまいこみながら持っていた本をベッド傍にある棚の上に置いた。

2014.03.06

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