複雑な色を含む靄

「……で、らしいですよ、日向ネジさんと……」
「えー…やっぱりそうだったんだー…」

図書館で調べ物をするフリをしながらぼんやりと文字を目に写す。すぐ近くで噂話をする女達の声が聞こえてきたが、特に気にすることもできなくて溜息を吐いた。ぜんっぜん集中できねえ。なんだよこれ…?

頭を冷やしてコトメの所に影分身を送った所まではいいが、先程上の人達に頼まれた暗号解読の任務が全くと言っていいくらい手に付かなかった。いつもなら回転する頭も半分くらい回ってないし、目に写る文字が意味不明なものに見える。今集中できてない理由がコトメだってことくらいは分かってんだ。‥だけど、冷静になってみればなんであんなこと言っちまったのかとかどうして信じて背中押してやれねーんだとかいう後悔の念は尽きることがない。しょうがねーだろ、今までなんだかんだずっと俺の側にいたんだから、心配しない方がおかしい……つーか、あんな言い方しちまったら俺、まるでコトメのこと…

「本が逆になってるよ、シカマル」
「あ…って、サイじゃねーか。お前任務は?」
「ついさっき帰ってきたんだ。明日は1日休みだから、図書館に本を借りにね」

1人ただただ考え混んでいると、俺の読んでいた本を取り上げて逆さに返したサイが頭上で笑っていた。何がそんなにおかしいんだよ。読んでいるフリをしていた本を閉じて、椅子の背凭れに全体重を乗せた。

「…そういえば残念だったね」
「何が?」
「さっきそこで女の子達が話してたじゃないか。日向ネジ君と白魚ハヤさんがめでたく付き合いだしたって」
「ああ……そうなの、か……」

にこにこと相変わらず笑いながらサイが告げた言葉に適当に返事をして天井を見上げた。ネジとハヤさん、付き合いだしたのか。…正直な所はやっぱりか、という気持ちの方がデカかった。つーか、まあ…告白した時もだったけど見てれば分かりきってたことだったもんな…。

「あれ?そんなに凹んでないみたいだね。失恋っていうやつなんじゃないの?」
「お前は相変わらずデリカシーねーな」

だが、少し驚くサイに俺自身も驚いている。こんな時にそんなことを聞かされたからだろうか…少しネジに対して悔しいと言う気持ちがあるのは否めない所だが、ハヤさんが幸せならまあいいかなんて割とあっけらかんとしている俺がいた。…と、言うか。

「つーかサイ、お前なんでそれ知ってんの」
「だからさっき女の子達が、」
「そうじゃねえよ。なんで俺がハヤさんのこと好きだって知ってたのかっつー話」
「ああ。前に偶然シカマルがキバに打ち明けてる所に居合わせちゃって、そこからかな」
「それ随分前だよな…」

ついいつものめんどくせーが出そうになった所で口を結ぶ。悪気はねえだろうけどお前それ盗み聞きじゃねえかよ。…つーか成る程、付き合い出したのか…そういやあれから全然会えてなかったな。すっかり忘れてた…なんか色々知りすぎちまって頭の整理追いついてなかったし…

「なんだ。失恋の痛みを癒してあげようと思ったのに」
「うるせーっての。大体癒す気ねーだろ」
「そんなことないよ。ほら、これ貸してあげるから」
「はあ?」

ぽす、と手渡されたその本に目を向けると「恋に溺れない方法10選」という題名の文字がでかでかと書かれていて俺は思わず眉間の皺を深くした。いや溺れてねえよ。…っていうか真顔でこんな本貸してくんな。

「気持ちだけもらっとくわ…」
「いいの?結構面白かったよ」
「いい。つーか俺調べ物あるから」
「そう。残念だなあ」

そのサイの言葉に呆れて苦笑いを零すと、近くで聞こえてきた声に持っていた本を閉じた。‥と。その時丁度聞き覚えのあるその声に気付き、窓へ近付いて外を見下ろしてみると、丁度真下でキバと赤丸とじゃれ合う空色の髪の毛が見えた。

…コトメ、?

なんだか楽しそうにしている2人(と1匹)を見たら、ふつふつと何かが湧き上がる。いや、近くねーか。オイ心の声がまさか聞こえる筈もなく、2人を眺めて窓斑に手をかけたまま停止していると、後ろからサイが「どうしたの?シカマル」なんて声をかけてくるから、慌ててカーテンを閉めてしまった。

2015.04.20

prev || list || next