もっとずっと大きな存在だった

「なんだこりゃ……そういう、ことかよ…」

書物庫で例の絵本を読み直しながら、俺はただ1人納得するように眉間の皺を深くさせた。やっぱり、俺が推測したことは間違いじゃねえ…修羅の国と光の国はもとは"1つの国"だったんだ…

繋がった線に、ガタンと音を立てて椅子の上へと座り込んだ。修羅、光の国、神獣。そして特化した能力を持つ一族が複数産まれた理由。そしてその中の2つは恐らく"日暮硯一族"で、以前5代目が言っていた"封印の器"である翡翠ウミさん…"翡翠一族"ってことか。関係性に納得はした。ただ、2人の封印の器が襲われてる理由はこれだけじゃ分からねえ…それに他にいる封印の器は誰なんだ?四神獣ってことは、あと二人いるってことだよな?

「結局また疑問ばっかり増えちまってんじゃねえか…」

もうちょっと頭を冷静にして今度は修羅の国の資料を漁るしかない。そう思いながら机に突っ伏して小さく溜息を吐くと、護衛を任せた自分の影分身のことを思い出した。心配はしてねえしどーせ術を解けば俺自身に情報は入ってくる、とは言え気になるもんは気になるよな……戻るか。そう決めて椅子から立ち上がると、絵本を元の場所に戻して頭を掻いた。








「なんか変わったことはあったか?」

屋根を飛び越えてコトメの家に到着すると、壁のふちで微動だにしない影分身の俺がいた。お前護衛する気あんのかよ、と自分の影分身ながら呆れて肩を落とした瞬間だった。中に口寄せらしき狼とコトメがいて、コトメが泣いていたのが見えた。

「おい…なんであいつ泣いてんの」

コトメが泣き虫なのはよく分かっている。寂しくて泣くし、悔しくて泣くし、嬉しくて泣くことだってある。でも俺は今あいつの顔の泣き顔を見て、なんだか妙に胸が苦しくなりそうだった。

「おい、話し聞いてたんだろお前」
「…半年、里を出て修行に行くらしい」
「は?」

予想もしていなかった言葉に俺はまずきょとんと目を見開いた。いやいや、俺護衛頼まれたばっかなんだけど。お前もそれくらい分かってんだろ?…と言いたげだったのが影分身にも伝わったのか、真剣な目は全く揺らぐことはなくて俺は小さく唾を飲み込んだ。

「……冗談はよせよ、無理だろ、それに今コトメは里の外に出ることすら難しい状況なんだぞ」
「明日…5代目に頼みに行くって言ってた」
「……」
「修行に行く場所も、あの口寄せの狼の住んでいる所らしい…縄張り争いの絶えない危険な場所で…」
「お前、なんで止めに行かねえんだよ!」
「うるせえ、声がデカイ…!」
「っ、」
「…早く術を解け。そしたら俺が止められなかったことも…多少は理解するだろ」
「……分かった」

影分身の言葉に渋々頷くと、肩から両手を外して術を解いた。消えると同時に頭の中に入ってくるコトメと狼の会話、仲間を殺しかけた事実、そしてコトメの決意が本物であるということ。

「………」

さっき影分身が呆然としていたのが分かった気がした。俺はそのまま壁に打ち付けそうだった拳をぎゅっと握り締めた。半年、あいつに耐え切れるのか…?あいつが強くなるってことは信じてる…でも今の実力でそんな危険な所に行ったら、コトメは……

"死ぬ"、と考えるだけでゾッとした。「半年縄張り争いのある土地へ修行に行ってくる」という言葉が、「半年内戦の勃発している里に任務に出る」という言葉くらいに重く感じた。いや、同じだ。コトメにはもちろん、強くなってほしい。でもその前に、踏むべき順序ってモンがあるだろ…?

いつも気付いたら隣にいた彼女がいなくなることを想像しただけで、どこか大きくて闇のような穴が心の中に空いていた。

2014.11.16

prev || list || next