掌より小さい宝

「一応痛み止めだけ出しておいたから痛くなったら飲んで、ご飯はしっかり食べて寝てねえ〜!」

治療を受けて1時間後、ぶんぶんと手を振る看護婦さんに背中を向ける。結局あのよくわからない言動についても「こっちの話しだから〜!」とあのテンションで誤魔化され、もういいやと一般病棟への扉を何も考えずに押した。

「…」
「久しぶりだーね」

変な看護婦がいたものだから気配に全く気付けなかった。ドアを開けてすぐに現れたその人物にびしりと身体が固まる。家族みたいに過ごしてきたこの人や一部の忍には、私の素性はバレているのだ。故に兎の面をする意味はない。しまった、くそ、ああ‥なんて思いながら後ろ手にパタンとドアを閉めると、少し不機嫌そうな声が上から降ってきた。

「なんでさっき逃げたの」
「…不可抗力です。カカシ先輩こそ、任務報告ではなかったんですか」
「もう終わったよ。…包帯だらけじゃない、どうせ無茶ばっかりしたんでしょ。お前のことだから」
「……すみません…」
「別に、そこは謝る所じゃないでしょ。大変だったな…お疲れ」

緩くぽんぽんと頭を撫でられる。昔から私が任務を終えて帰ってくると、カカシ先輩は必ず優しく手を伸ばしてくれた。でも私は今、そんな優しさなんてちっとも求めてない。ちらりと上へ視線を向ければ、口布と左目を隠した昔と何ら変わりない顔が目に入り晒された右目が私を捉えていたが、暫くしてふっと目を逸らせたと思ったら、ぐいっと片腕を掴まれた。

「髪、随分伸びたな…ま、なんだ。ここで立ち話もなんだし、場所変えるか」
「…え」

腕を掴まれたままの私は、なんの返答もできないままカカシ先輩と共に病院から姿を消した。








「ハイ、とーちゃく」
「到着じゃなくて。私一応怪我人なんですけど」
「そんなに強く掴んでないでしょ」

連れて来られた場所は、昔よく修行をしていた演習場のすぐ側だった。とは言ってもここは演習場より随分と高台になっていて静かな場所だ。だから一人になりたい時には必ずここに足を運ばせていた。もちろんそれはカカシ先輩もよく知っていて、だからだろうか。わざわざ連れてきてくれるなんて思っていなかった。

「ナルトが怒ってたよー。突然クナイ突きつけられたって。なんとなく気持ちは分かるから説明しといたけど」
「ナルト?」
「黄色とオレンジの青年」
「ああ…すみません」
「ついでに俺も怒ってる」
「ちゃんと帰ってきたじゃないですか…」
「何の為にそのキーホルダー渡したと思ってるのよお前。絶対帰ってくるって言ってほしくて渡したのに、もしとか多分とか。そんなこと言ってほしくなかったんだけど。…ちゃんと帰ってきたから、まぁ、いーけど…」

薄汚れてしまったイヌのキーホルダーをじろじろと見ながら、嘆くように話すカカシ先輩は完全にいじけモードだ。というか、今回のキーホルダー事件に関しては少しお互いの思い違いがあるようなのだが、やっぱり私があの日素直になってればよかっただけだと思ったから、反発はしないことにした。

「…で。何か思い詰めた顔のままになってるけど」
「面をしてるのに思い詰めてる顔なんて分からないでしょう」
「その声のトーン具合だと、凹んでるか悔しいかでしょ。昔からそうだよね、お前」
「…」
「だんまりしちゃうのも相変わらずだねぇ…」

呆れたようにふっと笑いながら私の隣に腰を降ろす先輩は、雰囲気が昔よりほんの少しだけ柔らかい。あれ、そういえば‥

「カカシ先輩、上忍ベスト…」
「ああ、そっか、お前が出てからだったもんな。さっき言ってたナルトが俺の教え子」
「そうでしたか。だからか」
「…何を納得してるわけ?」
「いえ、こちらの話しです」
「なによ、変な奴だね」
「カカシ先輩にだけは言われたくありません」
「帰ってきて早々そんなこと言う?お前こそ可愛くただいま帰りましたーとか言えないわけ?」
「なんでそこでそんな話しになるんですか」
「待ってた相手に失礼でしょーが」
「別に頼んでいません」
「「………」」

ああ、マズイ。またやってしまった…。昔からカカシ先輩とだけは、まるで子供の口喧嘩になってしまう。沈黙が訪れてからいつも後悔してしまうのだ。心配してくれているだけなのに、つい言い返してしまう。優しさには元々慣れていないから、どうしたらいいのか分からないのが原因だと思う。はぁと溜息をつくと、顔につけていた面を取って地面に置き、地面に寝そべった。

「…任務で暴走しました。冷静になれなかった。気が付いたら真っ赤な羽根がいっぱい落ちてた…今回仲間をたくさん殺したのは敵じゃなくて、私です…」
「…」
「見ていられなかった。目の前ですでに死んでいる仲間を切り裂く姿も、拷問の形で殺されていた仲間も…"この子"は優しい子だから、私の怒りに気付いて力を解放した。私が冷静になっていれば抑えることができたのに…私、なんてことを…」
「もういいから、ウミ」

何が、良い?

「‥どうしてまたそんなこと…私は奪わなくていい仲間の命も奪ってしまったんですよ‥」
「暗部の任務は危険な任務が多い。それは仲間が死のうがどうなろうが任務遂行することが第一で、お前は任務を達成しただけだ。隠れ里の忍達を脅かす者達の存在はなくなったんだ、それは犠牲になった忍達の本望でもある。お前だって覚悟して任務に行ったんだから、そう思うでしょ」
「…」
「‥お前さ、今は暗部でもないただの人なんだから泣いてもいいんだよ」
「死んでいった仲間に失礼になります。お礼もお別れも、修羅の国で済ませてきましたから…」
「…そう」
「…あ、そうだ」

思い出したように私は腰につけたポーチを外すと、そこに付けられている薄汚れたイヌのキーホルダーを取り、ポーチからハンカチを取り出すと綺麗に汚れを拭いた。どこも欠けていないのを確認してほっとして寝そべったままカカシ先輩の方を向くと、さらさらっとした銀髪を風に揺らして私を見ていた。

「…帰ってきたら渡すって約束してましたからね。どうぞ」
「いつくれるかと思ってたんだよね。アリガト」
「…今でも大事なんですか、そのキーホルダー」
「そりゃあ、お前が初めて俺にくれた誕生日プレゼントだからね」
「そうですか」
「もう返さないからね」
「あの時返してきたのはカカシ先輩ですけどね」

そんなちっぽけなプレゼントを大事にしてくれる先輩に変な人だと思いつつも、ふわっと心が温かくなるのを感じながら、私はそっぽを向いた。

2014.01.27

prev || list || next