399・ビッパ

7
「「(名前)」」
「うん。考えてみたんだけど1つに絞れなくて。だからこの中から選んでほしいなーと」

翌日、朝ご飯を終えた所で2匹に聞いてみた。真っ白な紙に書き出した文字を興味深そうに眺めている。結構頑張って考えたんだから、"どれも嫌だ"とかいう最強に心無い言葉はかけないでほしい所だ。旧イーブイに限ってはそれが1番怖い。そんなこと言われたらこれから先、彼のことを"ひとでなし"ならぬ"イーブイでなし"と呼んでやろう。よし決めた。

「(これはなんだ、どう言う意味だ?)」
「それ?それは殷(いん)だよ。殷鑑遠からずっていうことわざがあってね、簡単に言うとお手本は身近な所にあるっていう意味なんだって。だから、えーとなんていうか、失敗をさらに自分の糧にする的な意味でそれがいいなあって、そしたら世界一も夢じゃないでしょ!!」
「(そんな難しい言葉よく知ってたな‥)」
「実はポケモンセンターにたまたま漢字辞書があってね、調べたらことわざとかもちょっと載ってて。漢字辞書に運命感じたの初めて!」
「(漢字辞書に運命感じるってなんだよ)」
「(私は!?私は!?!)」
「(あっ!?テメッ!!)」

殷の文字をじーっと眺めているから、多分これが気に入ったんだろうと思う。これにする?と声掛けをしようとしたら、横から飛び込んできた新イーブイに殷という文字を踏み潰された。それを見て驚きと怒りが入り混じった声を出す旧イーブイだが、そんなことは御構い無しにふかふかの御御足で目当ての文字を指した。

「これは雫(しずく)っていうの。ほら、瞳が青くて綺麗だから、青とか海とか涙とか色々迷ったんだけど、調べたらこれが一番綺麗だったから」
「(ナマエ、私雫がいい!雫がいいよ!!)」
「うべっ!」

顔面に飛んできた新イーブイ、改め雫をなんとか抱きとめて、嬉しそうに擦り寄る姿に思わず笑顔になる。そんなに喜んでくれるとはなんというかむず痒い。ちらりと旧イーブイに視線をやると、なにやら今までに見たことがない程に顔を歪めて黒いオーラを出しまくっている。君達種族はそんなに顔を歪めることができるのか。怖い。

「(テメエ‥人の名前を足で踏みやがって‥!)」
「(テメエじゃないもん!私はもう雫だもーん!‥ん?ていうか名前決めたの?)」
「(殷!だ!!これにするってんだよ!!それを踏みやがって!!)」

えっマジですか。嬉しいな。嬉しいけど、その嬉しさを隠すように怒ってますよね貴方。素直に喜べばいいのに。そうぼんやり考えながらつい笑うと、ぎっと睨まれた。いやだからなんでそんな顔できるの。

「(名前間違えんなよナマエ‥‥ってオイ!!)」

ぷいっ。そっぽを向いてそんなことを言うから、あーこのイーブイツンデレだったんだなと納得。でもそんな姿が嬉しくてついつい抱きついてやる。ジタバタ暴れる殷と、私も入れてよ!とばかりに、もふりと背中に抱きつく雫。なんだか、旅がとても面白くなってきそうだ。








「‥というわけで草むらにきたわけですが」
「(どういうわけなんだよ。いきなり群れに囲まれてるじゃねーか)」

そう、そういうわけである。数時間後、ジム戦を視野に入れて、草むらに入ること数秒でビッパに囲まれてしまった。しかも5匹。こんなに囲まれることがあるのか。ただ、私達はバトルの練習に来ただけである。これでは練習にならない。主に私の。

「どうしよう‥ねえ殷、アドバイスなんかある?」
「(知るか。ただ言っておく。相手はただのビッパ野郎が5匹。とりあえず雫も出せ。2匹で殺る)」
「意味を計りかねる言葉」
「(いーじゃねーか。経験値がっぽり貰おうぜ)」

おお、ポケモンの癖にそんなことを言うのか。まるで人間だな。好戦的なビッパを前に、自慢のふさふさを綺麗にする殷。とりあえず言う通りに雫を出してみよう。ボールを取り出してカチリとボタンを押すと、彼女は半分程目を閉じて寝ていたのであった。

2017.01.26


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