133・イーブイ

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「おい‥?」
「は、っはい!すみませんぶつかりました!」
「?気をつけろよ。俺も悪かった。じゃあ‥」

そう言ってまた駆け出して行ってしまった、命名・水色のマフラーさんをぼんやりと眺め頭を傾げてみたが、‥やはり思い出せることはなかった。他人の空似、っていうやつだろうか。成る程、こういうことを言う訳ね、ふむ納得。

「(よそ見してぶつかってんじゃねえぞ)」
「よそ見じゃなくて周りが見えてなかったの」
「(同じことだろうが)」
「違うよ!それより‥あの人誰かに似てた気がするんだけど‥分かる?」
「(意味がわかんねーし。しかもナマエ、それほど友達多くないだろ)」

このイーブイさん真顔で酷いこと言った。友達が出来るような環境じゃなかったんだよ、私の場合は。‥と、言い訳を考える。‥ああっ、イーブイ置いてかないでっ!

「(ポケモンセンターってあれか)」

そう言って、私の数10m前を歩くイーブイが前足で赤い建物を差した。ドアに大きなモンスターボールの絵、そして全面のほとんどがガラス張りになっていてとても綺麗だ。おおお大きいな‥。ドアから人やポケモンがたくさん出入りしている。ついでに良い匂いも漂ってきて、私のお腹が何度目かの音を出した。

「(‥‥‥お前な)」
「っねえ、イーブイ何食べたい?!」
「(ポケモンフーズより麺がいい)」
「いつも思うんだけど、イーブイってなんで人間味溢れてるの?素麺とか好きだよね‥」
「(つるつるしてて喉越しがいいんだよ。その良さが分からないとは人生の半分以上を損してるぜ)」
「‥」

そのコメントもおかしいんだけどさあ。どこのオジサンなの?昔から素麺、ラーメン、うどんその他麺を食べている私の横から1本ずつ掻っ攫っていたイーブイは、一体いつから麺に味をしめていたか分からないほどには麺が好きだ。ちなみに味がついていてもついていなくてもイケる、らしい。

「(‥‥‥)」
「どしたの?」
「(‥‥別になんでも)」








「ふわあああ‥!!!!美味しい‥!!!」

お腹が減りすぎていたから余計である。ハンバーグ定食と素麺を頼んで数分後、椅子に座って食べ始めたら止まらなかった。それはイーブイも同じだったようで、1本1本器用に口に入れて啜っていた。店員さんが「ポケモンフーズはいらないんですか?」と困惑していた顔が記憶に新しい。

「内装も広いしすごい綺麗だよね〜。ここに泊まれるんでしょ?誰に言ったらいいのかな、あのピンクのお姉さんかな?」
「(ポケモンセンターの社会見学じゃねえんだぞ。とりあえず外に出て野生のポケモンとバトルをだな)」
「分かってる分かって、いて」

いて、とは言ったが痛くはなかった。けれども、座っていた私の右足に何かモフッとした物がぶつかった。もぞもぞとくすぐったい。なんだろうと机の下を覗き込む。瞳に映ったのは、茶色の体と白のもふもふ。言うなれば、よく見ている姿である。何が全く違うのかといえば、そう、瞳の色が本来の色とも、相棒の色ともーー

「イーブイだ!あ、いや!私のイーブイとは違うイーブイなんだけど!」
「(ああ??)」
「(ハンバーグ!ハンバーグ!お腹空いた!)」

じたばたと私の手の中で暴れ始めた新イーブイは、どうやら腹ペコらしい。何分か前の私達と同じだ。瞳の色が澄んだ水色で、よく見るとちょっとだけタレ目。女の子かなあ。そして次の瞬間私のお腹辺りを足蹴にした。結構本気で蹴りましたよこの子。痛い。

「(あ?誰だお前)」
「(わっ!目付き怖い!変な瞳の色!)」
「(お互い様だろうがフザけんな)」

なんで初見で喧嘩してんのこの子達。とりあえず暴れるのをなんとか抑えて片手で抱え込み、ハンバーグを食べたいとゴネる新イーブイに、食べようと思っていた一口をフォークで差し出した。イーブイって人間の食べ物が好きなの?そう考えているとフォークに刺さっていたハンバーグが一瞬でなくなった。

「(美味しい〜‥!!)」
「まだ食べる?」
「(食べる食べる!全部ほしい!)」
「は、はいはい‥」
「(お前図々しいにも程があるだろ。トレーナーはどうしたんだよ。それとも野生か?)」
「(私ゲームの景品だったんだけど、気持ち悪いオジサンに当たっちゃったから逃げてきちゃった!)」
「(‥‥)」

気持ち悪いオジサン‥‥それはなんというか、うん‥。とりあえずヨシヨシと頭を撫でると、気持ちよかったのかぐいぐいと頭を私に押し付け、ハンバーグの催促を前足で促した。

「(お腹空いててね、だから助かったよー!)」
「(助かったよじゃねえよ。オッサンの所に戻れないんじゃあどーすんだお前)」
「(お姉さん優しそうだし、私可愛いから甘える仕草したら連れてってくれると思う!)」
「(‥‥)」

うん‥君の声残念ながら私には丸聞こえなんだ‥。

2016.09.08


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