なにもしらないこ

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とある旅の途中、暗い森の中で小さな赤ちゃんとモンスターボールを拾ってから5年が経っていた。対処のできない問題に幼児保護施設へと預けたが、あの子は今どうしているだろうか。やっぱり俺が引き取った方がよかったのかと、ふと考える時がある。

傷だらけ、泥まみれ。どこからか逃げてきたのかと思ったけど、上手く走れないだろうまだ小さかった体に疑問は大きくなった。だけど、俺にも俺の事情がある。簡単に引き取れはしない。ふと昔のことを思い出すと、掻き消すように頭を振り、相棒のモンスターボールに手をかけた。








「でかっ」

カロス地方のミアレシティに一歩足を踏み入れ、ほうと小さく息を吐いた。念願叶って10歳の誕生日、私は住んでいた場所から離れ、旅に出ることとなったのだ。

それにしても広い。いや、広すぎる。地図を見てもなんのこっちゃ分からない。なんとかストリートとかなんとかニューとか意味不明。周りをキョロキョロして道を教えてくれそうな人を探してみても、なんだか皆せかせかしていて話しかけにくい。ミアレシティに研究所があるって聞いて来たのに、どこにあるというのか。

「困ったなあ‥」

ポケモン研究所っていうから、こう、物凄くわかりやすい建物かと思ったのにそれを上回るビル、ビル、ビル。近場のカフェにでも入ってみようかと思ったけど、残念ながら手持ち金は5000円。‥勿体無いよね。優しい人が声をかけてくれるまで待とうっと。そう決めて、小さな出店の横に休憩できそうなスペースを見つけて座る。にしても声をかけてくれる人なんて‥いるのか‥。

‥‥良い匂い‥?

ふわりと香る甘い匂いに反応してちらりと出店を覗き見ると、丸いパウンドケーキのような、クッキーのようなお菓子が可愛い袋に包まれている。その隣ではお姉さんがひたすらお菓子を袋に詰めていた。美味しそう。そう思った瞬間、控えめにお腹の音が鳴った。

「う‥お腹減った‥」

お腹が鳴って思い出したけど、そういえば朝から何も食べてない。念願の夢が一つ叶うことで頭がいっぱいだった。カフェを我慢したから1個くらいいいかな‥いやでも待って、ポケモンセンターに行ったら無料でご飯を食べれるのでは‥?

「よし!」

なんだか元気が出てきた!とりあえずご飯!1人両手ガッツポーズを決めていると、腰につけてあるモンスターボールが大きく揺れた。と同時に、私の大事な相棒が赤い光と共に飛び出す。モンスターボールとはトレーナーが扱うものではなかったのか。疑問が尽きないうちに、相棒 -- イーブイは私の右足をてしてしと叩いた。くすぐったい。

「どうしたの?」
「(どうしたの、じゃねえだろ。ボールに長時間入れ過ぎだ。だから出た)」
「長時間‥6時間も経ってないんだけど‥」
「(個室に6時間隔離されてみろ。暇だろ)」
「隔離って‥まあ暇だよね。でもポケモンってボールの中居心地いいんじゃないの?」
「(俺は良くない。で、ナマエは何してるんだ?ミアレシティの研究所に行くとかなんとか言ってたろ)」
「この通り、都会すぎて道が分かんないの」

ほら、とイーブイの体をひっつかんで膝に乗せると、顔を両手で挟んで右から左へゆっくりと順番に動かした。同じような町と店が引っ切り無しに続いてるでしょ?そう言いたいのが分かったのか、なんだかバカにしたような様子で溜息をついた。

「(地図貸せ)」
「わかるの?」
「(当たり前だろ。むしろなんで分からないんだ?)」
「分かってなかったらイーブイのこと怒るからね」
「(右真っ直ぐが一番いいな。行くぞ)」
「なぜ!」

人間がわからない地図がどうしてポケモンに分かるんだ。私の相棒のイーブイはどうやら頭が良かったらしい。うん、知ってた。てしてしと前を歩きだした相棒の後ろをついていく為に、私は立ち上がった。全く、顔は可愛いのに喋ると偉そーなヤンキーみたいなんだから。そんなギャップいらないのに。

「(それと)」
「ん?」
「(なるだけ俺の声には反応するなって言ってるだろ。怪しい奴がいたらどうする)」
「わ、分かってるよ‥」

そう。私は恐らく物心がつく前からポケモンの声が聞こえるらしく、何を話しているのかが分かってしまうのだ。そして、それは昔の"事件"以来、私とイーブイだけの秘密になっている。

「何かもらえるかな〜」
「(何かもらう為に行くんじゃないのか?)」
「ふふふーん」
「(シカトすんな)」
「ねえさっき言ってたことと違うんじゃない?」

2016.04.06


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