「(真面目にやれよ、次は)」
「一応めちゃくちゃ真面目だったんだけどな‥」

がさがさ。次の相手を探しながら草むらを歩いていると、先程ビッパを倒した殷が大きく大きく溜息を吐いた。やめてよ、私これでも初心者なんだからね。君とは仲良く過ごしていただけであって、バトルに慣れてないんだから。そのことに気付いてほしい。雫はきっとまだ寝ているだろうし起こす訳にはいかない。てくてく目の前を歩く殷はまるで獲物でも探すみたいに目を光らせている。‥ほんと可愛い顔が勿体無い。

「あ。‥あれ、見て、黄色いつるつる頭だ‥」
「(あいつもポケモンだろ。図鑑、図鑑出せ)」

そうでした、そうでしたね。池の中に大きな嘴を浸けてぼーっとしているその子に図鑑を当ててみると、ぴこんと光って人の声が聞こえた。‥成る程、黄色いつるつる頭はコダックというあひるポケモンらしい。どうにも戦闘には向いてなさそうな、酷くのんびりとしたマイペースな印象がある。‥あんな子に勝負を挑むなんて、なんだか可哀想でしたくないなあ‥。そう考えてじっと見ていると、おいこら、いくぞ、と容赦のない声が聞こえた。ちょっと待って殷、敵意のない子はスルーしたい。‥そう、口を開こうとした瞬間だった。

「(‥ッたいアタタタタ！！！)」

突然悲鳴を上げたコダックがじゃばりと池から嘴を出すと、その嘴に何かがくっ付いているのが見えたのだ。なんだろう、あれ。すごくとげとげしてて、キバも見える。そのキバが嘴に食い込んでるのも見える。ぶんぶんと水飛沫ごと何度も何度も振り払おうとする姿に、私は慌てて殷の背中を叩いた。

「殷！あの、なんとかしてあれ！！」
「(どうすりゃいいんだ。なんか言えよ)」
「すなかけで‥」
「(‥すなかけは攻撃技じゃねえぞ)」
「分かってるけど！あの黄色いとげとげ危ないじゃん！刺さるじゃん！」
「(これから先何度も怪我することになるんだぞ。いいから攻撃を命令しろ。あの野郎の嘴使いモンにならなくなったらどうすんだ)」

うっ。人の心配をなんだと思ってるんだ！だけど、殷の言葉も確かにその通りで、でんこうせっかと叫ぶ。瞬間隣からいなくなった殷は、コダックの嘴に食らいついていたとげとげに激しくアタック。ぐえ！と酷く可愛げのない声がしたと思ったら嘴に噛み付いていたとげとげは地面にころりと転がった。‥そうして、不服とばかりに地面で暴れているのが見えて、ちょっとだけ一安心した。

「コダック！大丈夫！？」
「(折角昨日つやつやにしたばっかりなのに‥！)」

私の話しを聞いていないコダックはさすさすと嘴を小さな手で慰めている。身嗜みに気を使っているということは女の子かもしれない。水の中で生活しているのであろうとげとげを何度も足で蹴っている殷をたしなめて、コダックの前に座った。傷薬、いいやつじゃないけどこれでいいかなあ。そこでコダックも私がいることに気付いたのだろうか。ひゅんと後退って、何か驚いたようにこちらを見ている。‥あ、この子意外と可愛いかも。

「(誰！)」
「あ‥ごめん、なんか襲われてると思って‥」
「(え、あ！もしかして助けてくれたの！なんだあ‥助かった‥ってちょっと待って！それだと嘴ががさがさになるからもっといい薬ない？！)」
「(助けてもらっといて何様なんだよ)」
「ごめんね、そんなにお金持ってないからこれしかなくて‥」

頭に３本しか毛は生えてないけど、美的感覚はあるらしい。(失礼)頑なに安い傷薬を断るのでしょうがなく諦めると、びちびちと跳ねていたとげとげのポケモン？のお腹が鳴ったような音が聞こえた。‥ああ、もしかしてただ単にお腹が空いていて、黄色い嘴が餌に見えたのかな。コダックを一旦放って鞄からばらりとポケモンフードを出すと、凄い勢いでがっつき始めたので、やっぱり私の考えていたことは正解だったらしい。

「(ひっ‥久々の飯‥！！)」
「やっぱりお腹空いてたんだ‥。あ、そんなに一気に食べるとお腹に良くないよ‥！！」
「(何よ！私の嘴をエサだと思ってたの！？)」
「(ご、ごめん‥)」
「(美しいからつい食べたくなったの‥？それはしょうがないか。逆にごめんなさい、美しすぎて)」

えーっとそれなんの謝罪？謝罪してるのになんだかドヤ顔してるのがなんとも言えない。そうしてコダックの話をいつの間にかスルーしていたとげとげは、ぺろりと食べきると地面に横たわったままぴくりとも動かなくなった。まさか‥！とこちらの心配も他所にふわふわと微睡み始めたのだ。吃驚する程勝手な奴である。殷がなんとも言えぬ顔を浮かべて、とげとげを踏みかけていた。やめてあげて。

「(全然練習になんねえじゃねえか！)」
「なんか雫みたいだねえ‥よりマイペース‥」
「(なに、練習ってなんの話し？)」
「(おう、嘴、バトルしようぜ)」
「(変なあだ名つけないで。‥手加減しないわよ？)」

見かけによらないものだ。このコダックやる気満々じゃん。

2018.03.02

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