来神時代
来神組で大晦日

「シズちゃん肉ばっか食ってんなよ!」
「うっせえ手前こそもっと野菜食え野菜!」
「高い肉はシズちゃんには勿体無い!」
「なんだとこのやろ、それよこせ!」
「あっそれ俺のなのにー!」

大晦日に岸谷家の炬燵で鍋を囲むという素晴らしい状況で、どうしてこうなった。鍋が出来上がってからというもの、野菜を中心に肉をつまんでいる俺とは違い、臨也と静雄は鍋でまで喧嘩を繰り広げていた。しかもその内容が肉の取り合いというなんとも下らない理由だから笑える。お前たちはどこの兄弟だ。
最早つけっぱなしのテレビから流れる紅白は二人の口喧嘩のBGMだ。誰も見てないんならお笑いに変えてもいいかとリモコンに手を伸ばすと、先ほどまで臨也と肉を取り合っていたはずの静雄によって奪われた。

「もうすぐ幽がゲストに出るから絶対変えるなよ」
「ああ、そうか」

それならもっとちゃんと見ていたらどうだ。と、文句をいう間もなく静雄は鍋に向き直っていた。しかしどうやらその間に臨也は残り少ない肉を自らの器に掬い上げていたらしく、部屋に静雄の怒声が響いた。一体全体、どうして俺は大晦日にこんなことをしているんだろうか。いつも通りなら、自宅のリビングで家族と一緒に食卓を囲み、紅白とお笑いを行き来して、ゆっくりと一年を締めくくるはずだったのだが。ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人を見ていると、その情景とはあまりにほど遠くて、ため息をひとつついた。
ところで地味に肉と野菜バランスよく食べていた岸谷はさっきから黙ってどうしたのか、と二人から視線を外すと、ごそごそとソファの後ろを漁っている岸谷が目についた。

「おい岸谷?なにして…」
「はいジャーン、人生ゲーム」
「おっ久々じゃねえか」
「俺モノポリーがいい」
「あ?わがまま言うなよノミ蟲が」
「臨也は前回静雄にボコボコにされたもんね」
「そういや臨也は独身のまま破産してたっけな」
「…新羅!モノポリー!」
「しょうがないなあ」

ぶつぶつ文句を言いながらも立ち上がった岸谷は、人生ゲームと入れ替えにモノポリーをかかえて戻ってきた。

「寒いんだからね、炬燵からでるの寒いんだからね」
「二回言わなくても分かってるよありがと」

炬燵の上の鍋はいつの間にか空になっていて、よく見ると何故か俺の取り皿に野菜がこんもりとのっており、代わりに俺の数少ない肉が消えていた。おい犯人誰だ。
鍋をどかしてモノポリーを広げている臨也と岸谷。テレビに目をやりながらもぐもぐと口を動かしている静雄。なんというかまあ、犯人は即座に分かったわけだが問い質すのも最早面倒で俺は二つ目のため息をついてから、目の前の野菜を頬張った。

*


「……」
「…臨也ドンマイ」
「……おかしい」

何故だか今回も静雄がぶっちぎりというゲーム展開の中、俺は無難に2位につけていた。しかしモノポリーがいいと言い出した当の臨也は、早々に借金を背負い、現在は哀れなことに牢屋に入っていた。最早運がないとしか思えない。

「シズちゃんなんかズルしてるでしょ」
「ああ?言いがかりつけてんじゃねーよ」
「へえ、あやしー」
「おい臨也」

話の流れからして嫌な予感しかせず、どうにか流れを変えようと口を挟むが、俺の姿は二人の目には映っていないらしい。岸谷はぽん、と俺の肩に手をおいて、諦めろとでも言うように首を振った。その間にも二人の不毛な争いは続いており、ついに静雄がキレてモノポリーをひっくり返し、結局ゲームはおじゃんになった。

*

どうにか静雄を宥めてその場を落ち着かせた頃には、もう紅白も終盤を迎えていた。どうやら静雄の弟は静雄が暴れている間に出演を終えていたようで、それに気付いた静雄は意気消沈。先ほどまでの怒りはどこへやら、炬燵に肘から上をぺたりとつけて倒れ込んでいた。

「シズちゃんなに沈んでんの、らしくないなあ」
「うるせえ。どうせノミ蟲野郎には分かんねえよ…」
「静雄ってばいくらなんでもそこまで沈まなくてもいいんじゃ…」

岸谷の言葉が聞こえているのかいないのか、どちらにせよ静雄は起き上がる気はないようだ。ぴくりとも動こうとしない。三人に振り回されてばかりで落ち着くことも出来ずにいた俺には、ようやく訪れた平穏なわけだが、どうにも良い気分ではない。手持ちぶさたになってしまったし、仕方がないかとゆっくり立ち上がる。暖かい炬燵から出るのは億劫ではあるが、時間的にも丁度いいし、俺がやらなければどうせ誰もやろうとしないのだろう。

「ドタチンどーしたの、トイレ?」
「ちがう。年越しそばを作ろうかと思ったんだが食べるか?」
「ドタチンの年越しそば!やったあ楽しみー」
「おや門田くんありがとう、今年はセルティがいないから食べられないかと思ってたよ」
「じゃあ三人分は確定な。静雄は?」
「………」

何の反応も返さない静雄に、どうしたらよいやら俺はもうお手上げで、とりあえず静雄の分も作っておこうかと四人分の麺を取り出した。

「あっ幽くん」

臨也が言うやいなや、静雄の頭がばっと勢いよく上がった。静雄をからかうための臨也の嘘かとも思ったが、それは本当だったようで、静雄の死んでいた目に光が戻った。きらきらと光る子供のような瞳でテレビの中の弟をじいっと見つめた静雄はどうやら元気を取り戻したらしく、弟の出番が終わるとすぐにこちらを振り向いた。

「食う」
「お、おう」

すでに四玉茹で始めておいてよかったとほっとした。俺が麺を茹でている間にも紅白は白の勝ちで終わりを迎えた。静雄が「幽の応援のお陰だ」とか言い張っているのが聞こえたが、多分それだけではないだろう。それにしてもここまで慌ただしい大晦日は初めてかもしれないな、と遠目に三人の顔を見ながら思った。俺はなんだかんだ言って、結局この慌ただしさが嫌いではないんだなあと実感し、茹であがった蕎麦をあける。二つずつしかお盆にのらないため、誰か手伝ってくれと声をかけたが、なんとも薄情なことに誰一人動こうとしない。先程あんなことを思ってしまったことを早くも後悔しつつ、俺は三つ目のため息をついた。
するとどうだろう。丁度ぴったりのタイミングで、ピンポーン、とインターホンの鳴る音がした。
その音が鳴るやいなや、先程の俺の呼びかけには応えようとしなかった岸谷が、一体どこから出たのかというくらいの脚力で飛び上がり、玄関へと駆けて行った。数秒もしないうちに、「セルティおかえりいいい!!」という岸谷の声を聞いて、俺は間髪入れずに四つ目のため息をつきそうになってしまったのは内緒だ。

ニコニコと満面の笑みで戻ってきた岸谷の隣には、黒いライダースーツにヘルメット姿の女性が立っていた。学校であれだけ岸谷のノロケ話を聞かされれば、流石に覚えてしまう。岸谷の思い人であるというセルティだ。

「セルティが今日どうしても外せない仕事があるんだってさ…泊まってっていいから来てよ」

そう言って嫌々俺たちを誘ってきた岸谷はどこへ行ったのやら。今の岸谷にとって俺達は邪魔者でしかないらしい。

「いやー今日は楽しかったねえ。じゃあ三人とも蕎麦食べ終わったらすぐ帰ってね」
「は?なに言ってんの新羅。俺お泊まりセット用意してきたんだけど。今日は徹夜でゲームするんだからね。シズちゃんコントローラ持ってきた?」
「おう。銀が俺のな」
「オッケー。うちのは紫だからよろしく」

岸谷がどうしてもと言うのなら俺は帰ってもよかったのだが、蕎麦を食べながら話す二人にはそんな考えは全くないようで、岸谷の眉間に皺が寄っていくのが見える。いっそ俺だけでもおいとましようかと思った矢先、セルティが懐から取り出したPDAで何やら文字を打ち込み岸谷に見せたところ、途端に岸谷は再び笑顔になり、渋々だが俺達が泊まることを許可した。
そんなこんなでばたばたしている俺達をおいて、除夜の鐘が真っ暗な夜空に響き渡った。いつの間にか12時になっていたようで、もう新年とは早いものだ。俺達は蕎麦を食べる手をとめて、視線をあげると同時に口を開いて言った。

「あけましておめでとう」

―――
タイトル→ジューン
去年と同じく一時間遅れで申し訳ないです!
久々の来神組でした。今年もよろしくお願いします!

(110101)

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