臨也と静雄
暴力表現有
相互依存してるふたり

うっすらと開いた瞳に映るのは、俺を見下ろす心配そうなシズちゃんの顔。眉をこれでもかってくらい下げて、潤んだ瞳からは今にも涙が溢れ落ちそうだ。

「しず、ちゃん」

俺が名前を呼ぶと、シズちゃんの目尻に溜まっていた涙はぼろぼろと溢れ落ちた。寝転がっている俺の顔には彼の生温い滴がぼとぼと落ちてくるが、不可抗力だ。シズちゃんの睫毛は濡れていて、室内の灯に反射してきらきらと輝いていた。

「シズちゃん、なんで泣いてるの」
「いざや、…ごめんな」
「シズちゃんが俺に謝るなんて、きもちわるいなあ」

いつものように、舌がまわらない。呼吸が上手く出来ないからだ。おかしいなあ、俺がこんな風になるはず、ないんだけどなあ。
どうしてだったっけ?分からない、忘れちゃった。とにかくこの涙雨攻撃がうざったくて、止めさせようと右手に力を込めて。そうしてようやく、全身が動かないことに気がついた。どこもかしこも力なんて入りやしない。辛うじて動くのはぴくぴくと痙攣している指先と、顔だけだった。

そういえば俺の左手は月曜日に折られたんだっけ。火曜日は右手で、水曜日は左足。木曜日は右足だったかな。それでもう折る骨もなくなって、金曜日にはこれでもかってくらい腹を蹴られた。ああまだ肋骨が残ってたなあ、なんてことが脳内を過ったその日に、肋骨も折れた。その度に彼は謝りながら俺を新羅の元へと連れて行く。それなら初めからやらなければいい訳だけれど、そんな一言じゃあ片付かないものが彼にはあるのだから仕方ない。

「し、ずちゃん。どうして、謝るのさ。これはシズちゃんがやったんじゃ、ない。シズちゃんの中のばけものがやったこと、でしょう」
「…悪い……」
「だから、謝らないでったら…」

ゆっくり息を吸って、吐いて。そうでもしなければ、俺は言葉を続けることが出来なかった。鉛のようになった全身では彼の涙を拭うことすら出来やしない。ああなんて使えない身体なんだろう。俺も彼のようだったらきっと、こんな怪我すぐに治るのに。そうすれば、何度骨を折られたって全然平気なのに。

シズちゃんは昔より大分丸くなった。自らの力の使い方を覚えて、むやみやたらに人を傷つけなくなった。それはシズちゃんにとっても、彼の周りの人々にとっても喜ばしいことだった。彼の周りには以前よりも沢山の人が集まるようになり、彼も笑顔でいることが増えたように思う。
しかし今まであれほどの力を奮ってきたシズちゃんがそれを抑えるということは、彼にとっての大きな負担となった。当たり前だ。今まで体外に放出していたものを、自らの中に閉じ込めておくのだから。
シズちゃんの中に潜む化物には暴力の捌け口が必要だった。それでも彼はもう頻繁に力を使うことは出来ない。ならばと俺がその役を買って出た訳だ。大嫌いな俺相手なら彼も遠慮することなく力をふるえるだろうという配慮からである。俺ってば何て心優しいのだろう。勿論俺にだって条件がある。ただ彼にボコられるだけなんて、俺だけが損しているじゃないか。そんなのはよくない。俺が差し出した条件は至極単純で簡単だった。怪我を負った俺が動けるようになるまで、俺の側についていること。それが俺からの要求だ。
シズちゃんは大分戸惑いはしたものの、本気で困っていたのだろう。俺の申し出をうけいれた。それから俺の身体はシズちゃんの暴力の捌け口となった。シズちゃんに殴られ蹴られている最中は、視界は血で遮られて何も見えないし、最早どこが痛いのかすら分からないという最悪な状況だ。それでも、再び目が覚めたとき、申し訳なさそうな瞳で俺を見つめるシズちゃんがいるというそれだけで、俺はその痛みに耐えられるのである。

そう、俺はシズちゃんが好きだった。
言葉にすることも、態度に表すこともしなかったけれど、確かに俺はシズちゃんのことが好きだった。それでも多分、高校時代から始まったこの思いは一生打ち明けることはない。俺にとってもシズちゃんにとっても、それが一番良いことは明らかだ。言葉や態度にして示したところで、何か利点があるか?いいや、全くない。むしろ悪い点ばかり思いつく。
それに比べて今の関係は素晴らしい。シズちゃんは暴力の捌け口として俺を利用する。俺以外にその人間離れした力をぶつけることはない。シズちゃんの中に潜む化物には、俺しか映らない。全てが終わった後に我に帰った彼は、俺を心配して、申し訳なさに押し潰されそうになりながら泣く。そんなシズちゃんの瞳にも俺だけが映っている。そうしてシズちゃんはどんどん俺に依存してゆくのだ。俺だけに。俺だけがシズちゃんの理不尽な暴力を受け止められる。受け入れて、愛してあげられる。

これだ。俺が欲しかった関係はこれなのだ。どれだけ傷ついても、瞼を上げればシズちゃんが側にいる。俺を見て、俺に触れてくれる。俺は何て幸せ者なんだろう。こんな関係がずっと続くなら、俺の人生も捨てたもんじゃなかった。

あれ?でもどうしてシズちゃんは俺を傷つけた後いつも泣くんだろう。大嫌いな俺が相手なんだから、泣く必要なんてないのになあ。
ふふ、馬鹿みたいに優しいんだから。そういう所、嫌いじゃないよ。

―――
臨也は化物としての自分にしか興味がないと思い込んでいる静雄
企画ブルータルさま提出
(100912)

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