あれが食べたい、これが食べたい。ちびちびと色々なものを買いながら立ち食いを繰り返していた俺たちは、もう満腹状態だった。先程の臨也と割り勘したたこ焼きが重かったらしい。まあ美味かったからいいんだけど。そんな俺たちが今何をしているかと言ったら、何とまあ射的の真っ最中だった。臨也がいきなり立ち止まったかと思うと、「俺射的やるからシズちゃんこれ持ってて!」とか何とか言って、俺の意見なんてこれっぽっちも聞かずにさっさと始めてしまったのだ。
臨也は慣れた手つきで銃にコルクをセットして、景品へと向ける。

「シズちゃん何か欲しいものあるー?」
「あ?食いモン」
「はは、正直だね」

そうして臨也が狙いをつけた景品は、綺麗に後ろへ倒れ込む。当てるだけではダメ、落とさないと意味がない射的だが、臨也は的確に景品を落として行く。結果、三発中一発も無駄にしないという、これがもしデートなら株急上昇のイベントを終えた後、臨也は景品を屋台のお兄さんから受け取った。

「シズちゃんにはこれをあげよう」

そう言って差し出された臨也の手には、先程手に入れたであろう景品がのっていた。見た限りではどうやらタバコの箱のようだ。

「……なんだこれ」
「あれっ、シズちゃん知らないの?」
「あ?タバコ…だろ」

少し自信がなかったために萎んでしまった語尾。そこから全てを読み取られたらしく、臨也は笑いながら言った。

「やだなあ、俺だって未成年に態々タバコ勧めないよ。これ、シガレットチョコレート」
「……チョコ?」

訝しげに箱を開けて、中身を取り出してみると。なんだ、やっぱりタバコじゃないか。しかし違和感は拭えない。臨也に言われるままに口に含むと、チョコ特有の甘味が口内に広がった。びっくりして目をまんまるくしている俺を前に、再び笑う臨也になんだかイライラして、気恥ずかしくて。

「っせえな、お前も食ってろ!」
「むぐ」

ずぼ、と臨也の口内にもそれを一本突っ込んでやれば、臨也は驚きつつも美味しそうにそれを食べるもんだから、恥ずかしさなんかはいつの間にかどこかへ行ってしまった。

*

そうして食べ歩いた後、ほぼ全ての屋台を制覇したんじゃないか、というくらい俺のお腹はもういっぱいだった。

「うーん、食べたねえ。お腹もいっぱいになったし、そろそろ帰る?」

こちらを見下ろしながらそう言った臨也に、一瞬胸がちいさく傷んだ。ああそうか、もう夏祭りは終わり。楽しい魔法の時間はおしまい、なのか。
ずきりずきり。痛くなんかないさ。
気付かないように、何事もなかったかのように、賛同、しないと。
そうは思うのに、言葉が口から出てこない。ただ、「あー……うん」と呟くのが精一杯だった。そんなんじゃあ臨也を誤魔化せないことなんか分かりきっていた。それでも、不器用な俺にはそれしか出来なかったのだ。

「……俺さあ、あとひとつ、どうしてもやりたいことがあるんだよね」

臨也は少し黙ってから、ぽつりとそう言った。そうして俺の手を取ると、行き先も告げずに歩き出した。前を歩く暑苦しいコートに向かって俺は何も言葉を紡げずに、腕を引かれるままに祭りの喧騒の中を歩く。
しかし俺には、臨也の進む先には帰り道しかないように見える。暫く経って、やはり帰りたかっただけなのか、と再びくらい感情が胸を占め始めたころ、ようやく臨也は立ち止まった。

「はい、とうちゃくー」
「…到着って、ここ俺の家じゃねえか」
「そうだよ。ここ都心だから、家の前くらいしかやる場所がないんだよね。ちょっとそこで待ってて」

臨也はそう言うと先程通りすぎたコンビニへと駆け出して行った。臨也が去ってから俺はすることもなく、冷えた壁に寄りかかりながら暗い空を見上げた。夏の夜は長いといえども、8時になれば大分暗くなっている。人々は祭りに出向いているのか、いつもでさえ閑散としているその道には、俺の他には誰もいなかった。そんな暗い世界の中で、またしてもマイナス思考に囚われそうになっていた俺は、コンビニから戻ってきたらしい臨也のコンクリートを蹴る音をきっかけに、その思考を振り払った。そうして臨也に文句を言うために振り返れば、笑顔で花火セットを手にした臨也が立っていて、それを俺に差し出した。

「シズちゃん、花火しよう!」
「……はなび」
「そう。夏といえば花火でしょう、ちゃんとバケツの水も用意して」
「……なんだよ、それ」

「こういうことちゃんとしないと、シズちゃん煩そうだしね。はい、水汲んできて」と言って臨也は俺の背中を押した。
俺が言いたかったのはそういうことじゃなくて、。その一言が口をついて出そうだったが、そんなことよりも今は目の前の娯楽に手を伸ばすことの方が大切な気がした。

「あと、マッチかライターも!」という臨也の声を背中で聞きながら、ポケットからチェーン付きの鍵を取り出して、がちゃり。ドアを開けても室内は暗いままだった。どうやら幽はまだ帰っていないらしい。両親は二人とも家にいないなら外食にでもいこうかと言っていたから、多分それでいないんだろう。臨也とのことはまだ誰かに話したことはなかったし、なんだか知られてしまうのは少し気恥ずかしかったから、好都合だ。洗濯機の横に置いてあった青いバケツを手に持って、台所の蛇口から水を入れる。その間に引き出しからマッチを手に入れて、ポケットに突っ込んだ。十分に水が注がれたのを確認してからバケツを持ち上げると、ちゃぷ、とバケツの中になみなみと注がれた水が揺れた。そのまま水を溢さないように気をつけながら玄関へと向かう。履き潰したスニーカーじゃなくて、ビーサンを爪先に引っ掛けて外へ出る。臨也は塀に寄りかかるようにして俺を待っていた。

「おかえり。うわ、結構重そうだねえ」
「そうでもねえよ」
「あははっ、流石シズちゃん」

臨也は言いながら、ビニール袋を破り、スタンダードな型の花火を二つ取り出して、そのうちの一つを俺に差し出した。

「マッチかライター、あった?」
「ん」
「ありがと」

花火を受け取ったかわりに、俺はポケットからマッチを取り出して臨也に渡す。臨也の細く骨ばった指が、マッチを一本持ってシュッと箱を擦ると、暗い路地にちいさな明かりが灯った。

「はいシズちゃん」
「あ、ああ」

臨也は俺の差し出した花火に点火した。するといきなり、花火の先から色とりどりの火花が噴水のように吹き出した。うわ、と小さく呟いた俺に臨也は笑った。そして自分の花火を俺に差し出す。

「シズちゃんの火、ちょうだい。マッチはバケツに入れちゃったから」

花火同士をくっ付けると、臨也の花火も点火して、火花を吹き出した。二つの光が暗闇の中で跳ねる。赤とピンク、黄色が入り交じったような暖色の光と、緑と青に黄色をプラスしたような寒色の光が交差する。それはとても美しい光景だった。花火の明かりに照らされた臨也は笑っていた。俺も頬が綻ぶのを感じたから、多分笑っていたんだろう。
今は夏で、暑苦しい夏で、それでもその暑さが憎くはなくて。
夜空の下で光が揺れる、疑いようもない、夏だった。

(100619)

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -