折原兄妹

折原、という名字をもつ双子にとって、兄は不思議な存在だった。人間を愛しているなんて言葉を吐く兄は幼い双子には理解するのもままならなかったし、たとえ双子が成長して大きかったとしても、やはり理解は出来なかったであろう。そんな兄は妹という贔屓目で見ても全く性格は良くなく、むしろこの平凡な家庭環境でどうしてそこまで歪んでしまったのかというくらい、虫酸が走る性格であった。妹だからといって双子に優しく接してくれるということもなく、また母が忙しいにも関わらず、お腹を空かせた双子をほったらかしにして夜遅くまで帰って来ないということもしばしばあった。その度に双子は幼いながら拙い料理を作ってみたりと四苦八苦していたわけだが。そんな兄を特別に愛しているかと問われても、双子には頷く理由がなかった。憎んでいるという訳ではなかったが、正直好きの部類に入らないとはきっぱり言える。
双子にとって兄、折原臨也とはそういった存在だった。

そんなある日、玄関のドアが開く音と共に、どさりという廊下に何かが倒れ込んだような音が双子の耳に届いた。手を繋いで、リビングからひょこりと顔を出した双子の目に映ったのは、靴を履いたまま廊下に倒れ込む兄の姿。

「…まただね」
「また喧嘩かな」
「きっとそうだね。えっと、し、し」
「しず、ちゃん」
「そうだ、しずちゃん」
「イザ兄この間も電話してたよね」
「楽しそうだったね」
「ね」

双子はそう喋りながら倒れたまま動かない臨也へと近付いた。しゃがみ込むと、二人でうつ伏せの臨也の身体を起こしにかかる。臨也は平均と比べても細い部類に入る身体をしていたが、幼い双子にとっては力の抜けた人間一人を起こすのは大仕事であった。
そうしてようやく起き上がらせた臨也の身体を壁に寄りかからせると、双子の片割れ、九瑠璃が臨也の赤いインナーをたくし上げる。露になった骨ばかりの身体には、痛々しい青痣がちょうど腹の上を横切るようにしてくっきりと残っていた。その他にも痣や切傷は無数にあったが、双子の瞳にはその大きな青痣だけが映っていた。

「痛そう」
「どうしてお医者さんに行かないんだろ」
「お友達にお医者さんがいるって言ってたよね」
「痛くないのかな」

そう言うと舞流は臨也の大きな青痣にその細い指を走らせた。途端、臨也の身体が小さく跳ねると同時に、舞流の指が払われた。

「……なにしてんだよ、お前ら」

先程まで閉じられていたはずの瞼は薄く開き、眉は不快そうに寄っていた。此方を睨む臨也の赤い瞳と目があった。

「イザ兄、どうしてお医者さん行かないの?」
「うるさいな、ほっとけ」
「痛いよ」
「痛くない」
「うそ、痛いよ」
「痛いよ、ほら」
「、っやめ、ろ!」

再び指を伸ばした舞流から逃げようと身体を捩った臨也に激痛が走る。声にならない痛みを歯の奥で噛み締めて、どうにか痛みを押し殺す。
そんな臨也を前にして、双子には為す術がなかった。幼い双子に傷の手当てなど出来るはずもなく、また無理に医者に行かせようとすれば臨也は動くのもままならない身体であるというのに、何をしでかすか分からない。だからこそ双子にはどうして臨也が友達の医者の所へ行かず、折原の自宅へと戻って来たのかを知ることが必要であったのだ。

しかし、双子にとってそれはとても難しい問題であった。考えても答えは出ず、臨也に問い掛けても無視される。
暫くして、好きでもない兄のことなどもう放っておけばいいのではないかと悪魔が囁き始めたころ、臨也はもう放っておいてくれとでも言いたげに双子から顔を背けた。双子は顔を見合わせると、手を繋ぎ直しぱたぱたとリビングへ駆けていった。

それを確認した後、臨也はようやく深いため息を一つつく。肺が息を吐き出して、また吸い込む。それだけで腹はずきずきと痛んだが、先程よりも落ち着いた。そうしてもう一度息を吐き出した瞬間、じわりと視界が滲んだ。あまりにも久しぶりすぎて、初めは目がどうにかなったのかとも思ったが、数秒した後、ああ、泣いているのか。とようやく理解した。その涙は痛みからくるものであった。腹の傷だけならきっと我慢出来たのだ。厄介なのは胸の傷だった。こんな風に傷つくことはもうないと思っていた。臨也の涙は、心が痛くて流れているものだった。
どうして新羅の元へとまっすぐ向かわなかったのかは、臨也自身もよく分からなかった。もしかしたら、腹の傷より胸の傷の方が痛いことを無意識のうちに察していたのかもしれない。しかし、それでも分からないのはどうして家を選んだのかということだ。母親も父親も仕事でいない家にいるのは双子だけだというのに。まだ幼い双子に一体何を求めたのか、臨也はやはり分からなかった。こんなにも分からないことが多々あるなんてこと、以前にあっただろうか。考えても考えても、答えは出なかった。そんな臨也の思考をぶつん、と寸断したのは、紛れもない双子の声だった。

「あーっ」
「イザ兄泣いてる」
「やっぱり痛いんだよ」
「どうしよう」
「イザ兄、」

恥ずかしいところを見られただとか色々と理由はあったが、滲む視界の向こうにいる双子にこれ以上ここにいてもらいたくなくて、臨也が再び口を開こうとした時だった。

「「いたいのいたいの、とんでけー」」

双子による魔法の呪文は、行動と同時にもたらされた。ぎゅう、と両側から、傷に響かない程度の強さでちいさな熱が臨也を暖めた。右に舞流、左に九瑠璃。まだ小さく幼いその身体は、臨也一人の心を暖めるには十分であった。

ぼたり、と双子の頭に生暖かな滴が落ちた。見上げた双子の瞳に映ったのは、臨也の涙。先程よりも量を増し、ぼろぼろと赤い瞳から溢れ落ちる。
(おかしいな、とまら、ない)
臨也の止まらない涙を、双子は嫌がることなく甘んじて受けていた。そのまま小さな手のひらで臨也の背中をゆっくりと撫でる。双子の心配そうな、イザ兄、という声が耳に響いたとき、臨也は涙を溢れさせたまま、お前らさ、と呟いた。

「打撲は暖めちゃいけないってこと、知らねぇの?」

臨也は涙でぐっしょりと濡れた顔面で、そう言って小さく微笑んだ。

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企画レイニーデイズさま提出作品
(100528)

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