今年の夏祭りは友達と行ってこい。そう告げれば、幽は驚いたように俺を見て、ぱちくりと瞬きをした。またしてもカップアイスを口にしている幽は(よく見えないが多分この間と同じ奴だ)、ごくんとそれを飲み込んだ。そうしてこちらをじっと見つめ、数秒後に「うん」と一言呟いて頷いた。多分俺の頬がみっともなく緩んでいたとかそんなんだろう。幽は確信がなきゃあこういう提案を受け入れてくれないから。それでもやっぱり友達に誘われていたのだろう。いつもよりそわそわと嬉しそうだ。うん、それでいい。
俺は満足して、誰に対してでもなく頷き、その妙なテンションのまま自分の部屋へと足を運んだ。がちゃり。ドアを開けて最初に目についたのは、机上に放置され、まだ手をつけていない宿題達。ワークブックにプリント。その他もろもろ。目にした瞬間に、高揚していた気持ちも一気に萎えた。

*

「わーごめんごめん!ちょっと手間取っちゃってさ」

何時もなら予定の時間ぴったりに家の前に立っている臨也が珍しく遅刻をした。遅れたといっても5分も経っていなかったので、俺としては別に構わなかったのだが。臨也はいつもと変わらないフード付きコートを羽織っていた。夏祭りに行くんだから、もう少し何かしらあるんじゃないかとも思う。それでも、臨也は多分あのコートを脱ぐつもりはないんだろうから、もう態々注意したりはしない。

「いい感じに暗くなって来たねえ」

二人並んで会場である神社へと向かう俺たち。俺の足元でビーサンがぺたぺたと音を立てる。ちなみに俺の格好は、半袖Tシャツに短パン、ビーサンとまあ、身だしなみなんか気にしてないのがバレバレだ。それでも特に問題はないので別にいい。それよりも俺は財布の中身の小銭が足りるかどうかの方が重要な問題だった。
いつもは臨也に色々と奢って貰っているが、それは単に俺が金を持っていない小学生だからであり、夏祭りくらいは親も夕食のかわりにとお金をくれた。

「うわーいい匂いしてきた。シズちゃん何食べたい?」

多分入口付近に焼き鳥の屋台があるのだろう。あの独特のタレの匂いが、ここら一帯を包んでいた。
人混みの中に踏み入れながら、臨也は此方を見て問いかける。何が食べたいってそりゃあ…と考えてはみるけれど、正直食べたいものだらけで何を選ぶべきやら。まあまずはこの匂いに食欲をそそられて仕方ないので、「焼き鳥食いてえ」と呟けば、臨也に手を引かれた。

「俺つくね」
「タンとつくねと一本ずつ」
「じゃあ計三本ね」

屋台のおじさんにその旨を伝えると、笑顔で焼きたてを渡された。一口かじるとじゅわ、と口内に広がる肉汁に頬が緩む。
(ああ、うまい!)
流石だなあ夏祭り!なんて馬鹿馬鹿しいことを思考しながら臨也の隣をぶらぶらと歩く。きょろきょろ周りを見回しながら、次は何を食べようかと考える。食べることしか頭に無いのかと笑われそうだが、笑いたきゃ笑えばいい。その通りだからだ!金魚すくいやヨーヨー吊りは昔は幽と一緒によくやったこともあったが、いつも全然取れない上、持ち帰った金魚が数日で死んでしまった経験以降は金魚すくいに近寄らなくなった。くじなんてのは引いたってどうせ五等賞くらいしか当たらないのは目に見えている。そんなことに金を使うくらいなら、美味いものを沢山食べた方が絶対に特だ。

「俺りんご飴食べたーい」

焼き鳥片手に境内を歩き回っていた臨也が、りんご飴の屋台を見つけたのかそう言った。まだ口をもぐもぐと動かしているところを見ると、つくねは咀嚼し切れていないらしい。それでもりんご飴が早く食べたいのか、臨也は屋台の方へと近寄っていく。俺はそんなハイペースで使えるほど金持ちではないので、ただの臨也の付き添いだ。

「りんご飴一つください」
「はい、200円ねー。じゃんけんして勝ったらもう一本」
「え、シズちゃん!シズちゃんやって!」
「は?なんで俺が」
「俺運ないからー」

俺の返事も聞かないままに、臨也は俺を店先へ突き出した。目の前には此方に笑顔を向けながら右手を構えるお兄さん。ここまで来て引き下がる訳にもいかず、渋々俺も右手を差し出した。さいしょはグー、と唱えるお兄さんの声に、つい右手に力が入る。決着は一瞬でついた。お兄さんの握られた拳に対して、俺は手のひらを開いた状態。つまりはグーとパーだ。俺がパーで俺の勝ち。
するとお兄さんはもう一本好きなのどうぞーと言って笑った。俺の後ろに立っていた臨也は勝手に盛り上がっているらしく、やるじゃんシズちゃん!と肩を叩いてくるもんだから、なんだかちょっぴり優越感。目の前のりんご飴やらみかん飴やらから、あんず飴をチョイスして口に含む。甘い甘い、水飴にゆるりと舌が溶けた。ついつい頬が緩んでいたらしく隣でりんご飴をくわえた臨也にからかわれた。
不思議とあまり苛つかなかった。

(100521)

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