二時になると、家まで臨也が迎えに来る。それが当たり前になってからもう何日がたったのだろう。7月中旬に突然始まった校門前での待ち伏せは、学校が夏休みに突入したために、俺の家が待ち伏せ場所に変更されたらしい。初めは夏休み中まで臨也と顔を合わせるとは思っていなかったため驚いたのだが、それが嫌ではない自分がいる。二時前になるとそわそわと時計の針を気にしてしまう。

臨也は毎日何かしらの手土産を持って俺を迎えにやって来る。俺はぶつくさ言いながらも、そのまま公園へ向かい、それを食べながらくだらない会話をする。それだけだ。それだけなのに、どうしてあんなに時間が経つのか不思議でならない。こんなくだらない時間の使い方をするくらいなら、もっと他にやることがあるのかもしれないが、それでも俺はこの現状を楽しんでいた。歳の離れた友人との馬鹿馬鹿しい時間を、楽しんでいたのである。

*

「シズちゃんシズちゃん!今日はさ、公園じゃないところに行かない?」
「他って、どこだよ。つーかお前今日は何も持ってな…」
「いいから、こっち」
「あっ、おい!」

いつも以上にはしゃいだ様子の臨也に腕を引かれ、休みだっていうのに学校方向へと向かう。一体どこへ行くんだと渋々付き合えば、辿り着いたのは校舎裏の細道を抜けたところにあった小さなカフェ。古そうな木製の建物は温かみを含んでいる。その入口にぶら下がっているのは、氷、と書かれた薄い布。こんな所があったのか、と純粋に驚いた。此方へは来たことがなかったし、小学生の小遣いじゃあコーヒー一杯で何百円もとられるカフェになんか寄れるはずもなく。そのため、初めて訪れたこのカフェに胸が高鳴る。
中に入ると、店の奥から明るいおばさんの声がした。落ち着いた雰囲気の店内についつい頬が緩む。

「はいメニュー。シズちゃんなに食べる?」
「んー……かき氷」
「あーやっぱり?うーん、まあいっか。いちご味でしょ」
「分かってんじゃねえか」

言えば臨也は小さく笑いながら、右手を挙げると「すみません」と一言。店の奥から現れた半袖にエプロン姿のお姉さんは、臨也の格好を見てぎょっとしたようだったが、次の瞬間には完璧な営業スマイルに変身していた。うお、商売根性ってすごい。

「かき氷のいちご味とー、コーヒーフロートをひとつ」
「かしこまりました」

お姉さんに負けない笑顔でメニューを告げた臨也はやはり汗をかいてはいなかった。どう見ても冬用のコートに身を包んでいる姿は、はたから見ていると暑苦しくて仕方ない。それでも決してコートを脱ごうとしない臨也は、蝉の鳴き声と店先に吊られた風鈴の音がどうしようもないくらいに夏を主張する中で、明らかに浮いていた。まるで臨也だけこの暑苦しい夏から切り取られたかのような、そんな印象だった。

「シズちゃん」

臨也の声で、ふと我に返る。どうやらぼうっとしていたらしい。さっき臨也が注文をしてから、まだ殆ど時間は経っていない筈なのに、俺の前には赤いシロップがかかった氷の山がひとつ。いつの間にか運ばれて来ていたようだ。それにも気づけないくらいにぼうっとしていたのか、と少し溶けた氷をスプーンで掬って口内へ。じわり、と氷は直ぐに溶けた。次いで頭へキーンと刺激が走る。それで意識がはっきりした。やはり、夏のじわじわとした暑さにやられていたみたいだ。
理由も分かりすっきりとした頭に満足し、臨也へと視線を移す。するとまた、あの赤い瞳と目があった。すぐに反らすのも負けたみたいで嫌だったので、じーっと見つめ返してみると臨也も同じように此方を見てきた。そんなことが数秒続き、先にギブアップしたのは勿論俺。ふいと反らしてさまよった視線は、臨也のコーヒーフロートにとまった。

「…お前飲まねえのかよ。まさかラムネん時みてえに苦手なのに頼んだとかじゃあ、」
「わ、ちがうちがう!ちゃんと好きだよ。ただちょっとシズちゃんを見てたら面白くなっちゃっただけ」
「なっ、人を勝手に面白がってんじゃねえよ!」
「えへへ、ごめんねえ」

そう言うと大して悪びれもせずに笑い、コーヒーフロートをストローでかき混ぜた。カランカランと氷がグラスに当たって音を立てる。そのまま一口飲んでから、臨也は再び口を開いた。

「ここさあ、結構前からあったんだよね。前はおばあさんがいつもそこの席に座ってて、外を通ると手を振ってくれたりしてね。まあ入ったことはなかったんだけど」
「へえ、お前みたいな不審者に手を振ってくれるなんて優しいおばあさんだな」
「ちょっとそれどういうこと。……まあ、もうすぐこの店閉店しちゃうから一度入っておきたくてさ」

臨也の言葉には所々笑いが混じっていたりと軽い口調だったが、先程指差してみせたそのおばあさんが座っていたという席を見る目は穏やかだった。こいつもこんな顔をするんだなあと思ったところで、ラムネ事件を思い出す。そうだ、どこからどう見ても不審者丸出しな臨也だけど、臨也はやっぱり人間で。
(俺とは、違うんだよなあ)
今考えなくたっていいことなのに、一度思ったらネガティブな考えは抜け落ちてくれなかった。そんな考えを振り払おうと、暑い気温の中でどんどんシロップと同化していく氷を口内へと掻き込んだ。頭がキーンと痛いのなんか気にしない。逆にこれくらいでちょうど良いじゃないか。

「ちょっとシズちゃん、そんなに焦らなくても」
「うるへー」

ごくん。綺麗になった皿を前に臨也に向かってあっかんべーをしてやったら、ぷっと吹き出す音がした。そうして笑い出す臨也と意味がわからなくてぼけーっとする俺。しばらくして落ち着いたらしい臨也は、俺がまだ情況が理解出来ていないと悟ると、「舌、まっか」と言って再び笑った。その笑い方はいつもの完璧な笑みでも、堪えきれない爆笑でもなかった。それは未だ俺が見たことのないもので、そんな臨也を前にして俺はどんな顔をしたらいいのか分からず、ただこの何とも言えない火照りが冷めるのをひたすら待った。

*

「今日はね、シズちゃんに良いお知らせがありまーす」

先程の優しい笑みはどこへやら。いつもの人を馬鹿にしたような楽しそうな笑顔で、臨也はコーヒーをかき混ぜる。そして、もう大分溶け出してしまっているアイスの生き残りをストローの先でつんつんと沈めながら口を開いた。

「夏祭りに行こうよ」
「あ…?」

夏祭り。そりゃあ勿論知っている。毎年参加しているし、夏休みの楽しみの一つと言える。確かにもうすぐ夏祭りが始まるけれど、まさか臨也に誘われるとは思っていなかった。態々俺を誘う友達なんていねえし、唯一俺に構ってくる新羅はお家で片思いのお姉さんと花火を見るのが毎年の決まりらしい。だから幽と一緒に行くのが家の暗黙の了解みてえなもんだった。正直なところ、幽には幽の友達がいるし、家まで誘いに来たこともあった。その時の幽はいつもと同じような表情で友達の誘いを断っていたけれど、少しだけ寂しそうだったのを俺は知っていた。知っていて、それでも行ってこいと言ってやれない駄目な兄ちゃんだ。だって、寂しいんだ。一人ぼっちの夏祭りなんて、楽しくも何ともねえもん。そんな楽しさと居たたまれなさの間で板挟みになっていた俺にとって、臨也の言葉はすうっと胸に溶け込んだ。嬉しかった。純粋に、嬉しかった。

「……まあどうせ、お前と一緒に行く奴なんかいねえだろーし」

それなのに素直な言葉は口をついて出てはこなかった。ああくそ、俺のバカ。

「うわー、痛いとこ突くなあ。ならそんな可哀想な俺に付き合ってくれてもいいよね」
「しょうがねーな、行ってやるよ」
「わーい、シズちゃんありがとー」

どう見たってわざとらしい棒読み。それでもそんな臨也の配慮が嬉しかった。誘ってくれたことが嬉しかった。外では飽きることなくジージー、ミンミン蝉の合唱。嫌になるくらいの騒音。窓が開け放たれているためにクーラーも効いていない。それでもその嬉しさは冷めやらない。
そうして俺は、じわじわと暑い夏がそこまで嫌いじゃない自分に気付いたのだ。

(100511)

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