「シーズちゃん」

何故かその場の流れで臨也と一緒にアイスを食べたのが昨日。そして今日、下校時の校門前に再び臨也が立っていた。昨日の友達宣言があったとはいえ、今すぐ俺が職員室か交番に駆け込んで、事の次第を少しばかりねじ曲げながら話せば、もしかしたら臨也はストーカーか何かとして拘束されるかもしれない。そうしたらこいつはどんな反応をするのだろうか。ひどいよ、友達を裏切るなんて!とでも?俺は臨也と出会ってからまだ日も浅いし、友達というのはなろうと言ってなるものではないことくらい知っている。大体年が離れているし、一目で友達だと思う人なんていないだろう。

「…何してんだよ不審者」
「シズちゃんのこと待ってたんだって。分かるでしょ?」
「知らね」

ふい、と顔を背ければ、臨也は困ったような顔をしながら、「えええ…!昨日俺たちめでたく友達になったじゃん!」と言って、俺の顔を覗き込んだ。ばちり。目があった。ああ、こいつ瞳は赤いんだな、なんて思いながら、「…そうだったか?」と思い切り惚けてやれば、臨也は傷ついたように数歩後退った。

「ひ、ひどいよシズちゃん!」

演技がかったように騒ぐ臨也を置いて俺は目的地へと足を踏み出した。どうやら俺が本気で家へ帰ろうとしていると思ったらしい臨也は、少し焦りぎみに口を開く。

「え、ちょっとほんとに帰っちゃうの?」

まあ、臨也を無視してこのまま帰宅してもよかったのだが、まあなんというか。そう、多分昨日聞かされた、友達という使い慣れない単語についつい胸踊ってしまったのだろう。深い意味はない。ただ、放課後友達と遊ぶのも、楽しそうだなあと思っただけだ。

「……公園、行くんだろ」

*

そうして結局は公園へと辿り着く。昨日とおんなじだ。すっかり笑顔に戻った臨也は先程から持っていたビニール袋から、青く透き通ったビンを取り出した。

「はーい今日はラムネでーす」
「ラムネ?ラムネなんか売ってたっけか」
「夏だからねえ。屋台とか出てるみたいだよ。はいこれシズちゃんの」

ラムネを飲むのは久しぶりだ。この辺じゃあ売っていないし、飲めるのなんて夏祭りくらい。まだ数回しか飲んだことがない。臨也に渡されたラムネをじーっと見つめると、瓶の中で泡が弾けている。光に透かしたそれはきらきらと輝いて、まるで宝石みたいだと思った。「飲まないの?」という臨也の言葉で我に返り、瓶に口をつける。ごくり。喉を通って流れ込んでくるラムネは、ぱちぱちと泡が弾けて、炭酸独特の感覚を産み出した。うまい。
じりじりとした日射しの中で飲む冷えたラムネはとてもおいしくて、火照った体を内から冷やす。ごくごく、と俺は止まることなくラムネを飲み干した。ぷは、と小さく息を吐いて、ラムネの余韻に浸りながら隣を見れば、此方を見ていたらしい臨也とまたしても目があった。なんだかこっぱずかしくて目を反らせば、臨也がくすりと笑う。

「いい飲みっぷりだねえ」
「うるせえ」
「褒めてるのに」

そう言う臨也の手元に目をやれば、まだ殆ど減っていないラムネが目についた。

「お前殆ど飲んでないじゃんか」
「ああこれ?うーん、正直炭酸はあんまり得意じゃないんだよね。けどラムネは好きだから、ちょっとずつ飲んでるの。ゆっくりだったら平気だからね」

そう言うと、臨也はラムネを一口飲んだ。そんな風にちびちび飲んだら減らないわけだ。

「それじゃあ炭酸の良さが潰れるだろ」
「えー…そう言われてもなあ」
「ほら、一気に飲め」
「えっちょっとシズちゃん、むりだって!うわ…」

俺は臨也の唇に触れたままの瓶の底を無理矢理持ち上げた。瓶の中のラムネは重力に従って、臨也の口内へと流れ込んだ。異常な力を持った俺には大人の臨也も適わないらしく(そりゃあそんな細っこけりゃあな)、瓶に手をかけたはいいが、瓶は全く動かない。観念したように喉が何度も上下して、瓶の中身はようやく空になった。それを見た俺が力を抜くと、臨也はげほげほと数回咳をしながら此方を睨む。

「いきなり何すんの…。死ぬかと思った」
「一気に飲んだ方がうめえもん」
「それはシズちゃんの場合でしょ!炭酸が苦手なひとはねえ、」

そこまで言って、臨也は突然言葉を止めた。そうして聞こえたのは、そんな声がどっから出たんだというような、盛大なげっぷだった。一瞬、それがげっぷであることも理解出来なかった俺は、そう理解した途端に笑いが堪え切れなくなった。

「っは、あははは!なんだよそれ!」

ついつい吹き出してしまい、それを皮切りに収まることのなさそうな笑いが溢れ出た。ああ、こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。お腹が痛い。涙が出る。そんなことも愛しいくらいに、久しぶりの爆笑だった。そんな薄い涙の膜の向こうでは、しまった、という表情の臨也が口を押さえながら固まっていた。段々と顔が赤く染まっていくのを見る限り、相当恥ずかしかったらしい。

「ちょっと、シズちゃん笑いすぎ……」

勘弁してよ、とでも言いたげに顔を背ける臨也を見ていたら、何だかすうっとなった。ああ、この得体の知れない男もちゃんと人間なのだと知って、ほっとしたのかもしれない。

俺の手の中で、空になったラムネ瓶がカランと鳴った。

(100508)

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