「こんにちは、平和島静雄くん」

夏だっていうのにファー付きのコートを羽織って、汗一つ垂らさない完璧な笑顔で男は言った。男は綺麗な顔をしていた。それはもう、俺が今までの人生でテレビでだって目にしたことがないくらいに。たった十年の人生が何だと言われるかもしれないが、俺にとってはそれが全てだったのだから仕方ない。
そんな美しい顔をした男は、ランドセルを背負った俺に手を差し出すと、笑顔でこう言った。

「きみを助けにきたよ」

ヒーローにでもなるつもりなのだろうか。大人の男が口にするには些か似合わないその台詞を、男はいとも簡単に口にした。

「……お前、だれだ」

知らない大人について行っちゃいけませんよ、とは、小学生に入ってすぐの一年には何度も言い聞かせるべき言葉だと俺は思う。かくいう俺も、小学校に入ったばかりの頃は母さんに何度も言い聞かされた。俺はきちんとその言い付けを守ったかというと自信はない。上級生に呼び出しをくらっていつの間にかボコボコにしていた、なんてことがよくあったのだから仕方ない。そういう意味では知らない大人ではないけれど、知らない上級生からの呼び出しには応じてきたのだから。
まあとにかく、俺は今やもう小学5年。飴をあげるからついておいでなんていう、馬鹿馬鹿しい勧誘に引っかかる年でもない。また、そんな勧誘をされることもない。だから、こんなシチュエーションになったのは正直なところ初めてで、目の前の怪しい優男に対する対応もよく分からなかったのだ。

「ああ、自己紹介がまだだったね。俺は折原臨也」
「おりはらいざや?」
「そう。君の好きに呼んでくれていいよ」

笑顔を崩さずにそう言う男、折原臨也は(妙な名前だ)もう一度手を差し出した。俺は一歩後ろへ下がると、下からそいつを睨み上げる。

「何で俺の名前を知ってる」
「そりゃあ、知ってるさ。シズちゃんのことは、なんでも」
「し、シズちゃん…!?」

急に飛び出した呼ばれたことのない愛称に声が裏返る。そんな女みたいな呼び方、俺はされたことない!

「シズちゃんってなんだよ、やめろよ!」
「何ってきみのあだ名だよ。俺はずっとそうやって呼んできたから、今更変えろっていうのはちょっぴりキツイなあ」
「はあ?ずっととか、俺はお前のことなんか知らねえし、そんな風に呼ばれたことなんてねえよ!」

臨也の不審な言動と恥ずかしい呼び名にイラついた俺がそう叫び、ランドセルを乱暴にぶつければ、臨也はその勢いで地面に倒れこんだ。ざり、という白い腕がコンクリを擦れる音が聞こえて、はっと我に返る。いくら相手が不審人物であろうと、まだ手を出してきた訳でもないのにやり過ぎた。そう思った俺はなんだか怖くなって、ランドセルをそのままに駆け足で自宅へと戻った。照りつける夏の日差しに、じりじりと肌が焼かれるのを感じた。

臨也が後ろから追ってくる様子はなかった。

(100503)

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