喫茶店のバイト臨也と知り合い客静雄
来神時代捏造

カランと音を立てて閉まったドアは来客を告げていた。「いらっしゃいませー」と対客用の笑顔を向ければ、視線の先にいたのは学ランに金髪という落ち着いた雰囲気の喫茶店には似合わない風貌の男だった。いや、それだけならばいい。不良は喫茶店を訪れてはならないなんて決まりはないし、客は客はだ。問題はない。しかしそれが知人の、しかも俺と破滅的に仲の悪い男ともなれば話は別な訳で。

「げ」
「あ…?」

そうしてようやく相手も俺に気付いたようで、眉間に皺を寄せて明らかに嫌そうな顔をした。そんなに嫌なら今すぐ出てけ!と思ったがそう上手くいくはずもなく、男、平和島静雄はそのまま店内の椅子に腰かけた。しかもよりによってカウンターをチョイスするんだから信じられない。確かにがら空きって訳じゃないけど、他のテーブルにだって数ヶ所空きがあるってのに。

「なんでシズちゃんが此処にいるのかは聞かないであげるから、せめてカウンターは止めてくれない?っていうかシズちゃんだって嫌でしょ」
「二人席が空いてねえんだよ」
「四人席でいいじゃん」
「それは…悪ィだろ」

自分よりも後にやって来た四人組の客に対して、ということだろうか。そういう気配りが出来るのは素晴らしいと思うけど、俺にとっちゃあ有り難くも何ともない。というか迷惑だ。
だからといってずっと喧嘩腰じゃあバイトとしての顔がない。背後からマスターの視線が突き刺さっているような気がしなくもないので、仕事は仕事と割りきって目の前のシズちゃんに問いかける。

「……とりあえずコーヒー飲みますか?」
「、ウィンナーコーヒーにしてくれ」
「げっコーヒーも甘党かよ」
「うるせえな」

シズちゃんが顔に似合わず甘いものを好きなのは知ってはいたが、コーヒーもとは。俺もパフェやらクレープやらは好きだけど、コーヒーは別物だ。あの香りと苦味がどうしようもなく好きなのだ。
バイト先に喫茶店を選んだのには、コーヒーの香りが溢れる店内でゆったりした時間を過ごせるという点もあった。コーヒーに関してでさえ俺とシズちゃんは敵対するんだろうなあ、なんて考えたらなんだか逆に可笑しくて少し笑えた。

マスターがコーヒー豆を挽いている間、俺は洗い終わったコーヒーカップを拭きながら何故だかシズちゃんと簡素な会話を交わしている。喫茶店という、俺とシズちゃんが交わる場所には相応しくない雰囲気の中で。店内に流れるゆったりとしたジャズに身を任せたら、いつもなら信じられないほど回る俺の舌は動きを止めていた。平和ボケみたいなものなんだろうか。目の前に宿敵がいるっていうのに、俺も呑気なもんだ。

「……聞かねえのか」
「何を?」
「いや、何で似合いもしない俺が一人で喫茶店なんて、とか」
「ああ、別に?そんなこと言ったら俺も何で喫茶店でバイトしてるんだってことになっちゃうじゃん」
「それは……まあ、そうだな」
「でしょ?いいんじゃない。別にシズちゃんにもそういう気分の日ってのがあるんだろうし。だからシズちゃんも詮索しないでね」
「……おう」

人の秘密を探るのは大好きだけど、自分のことを探られるのは嫌いだ。シズちゃんはまだ少し腑に落ちない表情をしていたけれど、マスターの淹れたコーヒーをソーサーにのせて眼前へ差し出せば、ぴたりと口を閉じた。
シズちゃんの指先がコーヒーカップの取っ手に絡む。唇が開いて、濃い黒の液体が喉へと吸い込まれてゆく。ごく、ごくり。嚥下するシズちゃんを眺めているうちに、ジャズが転調した。それをきっかけに意識が呼び戻される。どうやらぼうっとしていたようだ。そんなに真剣にシズちゃんを眺めていたとは。正直自分でも信じがたい事実。

一応バイトの身の俺はシズちゃんばかりに構っている訳にはいかないのに、視線はいつの間にやら彼に向かう。どうしてだろうと考える間もなく、シズちゃんの瞳と目があった。

「……なんだよ」
「え、あ、うん」
「あ?」
「や、なんでもない」

うん、そう。と誰に言うでもなくもう一度頷いた。訝しげに此方を見つめるシズちゃんを無理矢理思考から振り払うと、丁度運良くマスターの声がした。微妙な雰囲気から抜け出すきっかけをくれたマスターに胸中でお礼をひとつ。俺はシズちゃんを一瞥すると、カウンター内を歩きマスターの元へと向かった。

「なんですか」
「いやね、今お客さんの方も落ち着いてるし良いかと思って」
「?はあ…」
「サブメニューを増やしたいって話、しただろう?それで折原くんが試作してみてくれたやつを、今日馴染みのお客さんに試食して貰ったらなかなかの好感触でね。あれ、明日辺りに午後のメニューに加えようかと思うんだけど」
「えっ、いいんですか」
「うん、贔屓目なしに考えても美味しかったしね。その代わり、今までよりもシフト増えるけどそれでもいいかな」
「あ、はい!」

軽食の類は作れるけど、ああいうお洒落なのはてっきりだから、と笑うマスターは初老の男性。このこじんまりとした喫茶店に似合うふわりとした優しい雰囲気の人だ。
……それにしても嬉しい。お菓子作りは昔から双子の妹達のために行っていたから、それ自体は得意だったけど。でも結局はそれは趣味の領域な訳で、まさか本当にお客さんに出せるなんて思ってもみなかったから。ついつい口元が綻ぶ。軽い足取りの俺を対するシズちゃんの不審そうな視線を感じたけれど関係ない。今の俺にはいつもなら不快なシズちゃんの顔ですら、至福の一時を引き立てるような存在に早変わりしていたのだった。

「…お前菓子とか作れたんだな」
「ありゃ、意外?」
「当たり前だろ。学校じゃいつも購買だし」
「妹達は給食だから、昼は作る必要ないの。自分の分だけなら面倒なだけだし」

目の前のシズちゃんは残っていたコーヒーをぐいと飲み干すと、「まあ、確かにな」と呟いた。そうして再び黙り込むもんだから、今度は俺が訝しむ番。

「あれ、終わり?てっきりノミ蟲の作ったメシなんざ誰も食わねえよ。くらい言うかと思ってたのに」
「……ぁあ!?」
「あ、怒った。え、今の怒るとこだった?」

その言葉によって更に苛立ったのか、先程までは大人しくコーヒーを飲んでいたシズちゃんは、がしゃん!と乱暴にコーヒーカップをソーサーに収めると、立ち上がった。
(あ、やばい)
店内で暴れられるのは困る。俺は確実にクビになるし、他の客にこの店で暴力事件があった〜なんて話をされちゃあ、ここの評判はがた落ちだ。マスターには世話になっているし、俺の作った甘味がメニューに並ぶっていう有難い話だって取り消しだ。どうにかしてシズちゃんの苛立ちを収めようと思うのだけれど、理由が分からなけりゃあ対策だって立てられない。どうするか、と焦りながらも脳内をフル回転させている俺の前に、シズちゃんが何かを差し出した。手のひらから現れた小銭は三枚。コーヒーの代金、210円ぴったりだ。
シズちゃんはそのまま、何も言わずに出て行った。カランというドアの閉まる音が、妙に店内に響いて聞こえた。

「あ、りがとうございました………」

いつものシズちゃんとはどう考えても違う反応に、俺は戸惑いを隠せなかった。そういえば結局、シズちゃんは何のためにここへ来たのだろうか。たったコーヒー一杯を飲むために?

今日のシズちゃんは、どこかおかしかった。

―――
タイトル→棘
BGM:ピアノ・レッスン(reprise)
(100417)

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