来神時代
静雄と臨也
エイプリル企画ログ

いつも通りの通学路。中身がほとんど空っぽだからか、ぺったんこのスクールバッグを形式だけ肩に掛けて、静雄はのろのろと歩いていた。まだ覚醒していない脳。油断していると下りてくる瞼。
(……ねみぃな)
ふわあと欠伸をしたせいで、静雄の目尻に薄く涙が溜まった。それを指先で拭った瞬間、後ろからドン!という衝撃と共に何かが静雄の背中に抱き着いた。何事かと背後へと振り向いた静雄の表情はぴしりと固まった。静雄の身体に腕を回して抱き着いているのは、正真正銘、見違えようのない静雄にとって最大の嫌悪相手、折原臨也であった。いつもならそこでいきなり喧嘩というには少々大規模な追いかけっこが始まるのだが、本日の静雄は臨也に構うほど元気という訳でもなく、正直動くのがかったるい程の眠気だったため、即座にキレることは免れた。
しかし、直後に臨也が吐いた台詞によって、静雄の眠気などというものは一気に弾け飛んだのだった。

「シズちゃんおはよう!今日も愛してるよ!」

満面の笑顔でそう言った臨也を前に、静雄の脳は一瞬にして覚醒した。それが嫌悪からなのかなんなのか、静雄には分からなかったが、とにかくまず感じたのは純粋な驚きだった。そうして一秒。
(きめえええええ!!)
猛烈な吐き気に襲われた。なんだこいつは。なんだこれは。うわああ鳥肌までたちやがった。どうすんだこれ!
ぐるぐるとそんなことが静雄の脳内を駆け巡る。そうしてまず口にしたのは、「は、え、お前何言ってんだ、ついにおかしくなったのか」という、静雄自身も驚くくらい普通の反応であった。
臨也はその反応に対して、ぱちぱちと瞬きをすると、はあ、と溜め息をついた。

「うっわ失礼ー。あのねえ、誤解されたくないから言っとくけど、今日の日付分かってる?四月一日、エイプリルフールだから!」
「………は」
「つまりは大嫌いってことー!アハハッ、シズちゃんもいつもみたいに俺に死ねだの殺すだの言えないねえ。頑張ってー」

そう言って臨也の馬鹿野郎は颯爽と学校へと走って行った。
(そうか、今日は四月一日なのか)
そう理解した静雄の腕からすっと鳥肌が消えた。ああ、なんだエイプリルフールか。ただの、エイプリルフール。
(………ん?)
それだけなのに、なんとなくもやもやは消えなかった。とりあえず臨也がずっとあのままとか、そういう心底気持ちの悪い自体ではなくてよかったと、静雄はそう思ったはずなのだが。まだ脳が覚醒していないのかと自分でさっさと結論づけると、静雄は道なりにまっすぐ、学校へと向う。遠くで本鈴が鳴り響くのが聞こえた。
(………げ。また遅刻じゃねえか)


*


静雄が教室についたころにはもうHRは終了していたが、どうにか1限目には間に合った。廊下側に近い後ろから二番目の席に座ると、早速寝る体制に入る。机の腕を乗せて、その上に頭を………、とその時、後ろから「シーズちゃんっ」なんていう虫酸の走る声がした。

「臨也手前、これから人が寝ようとしてんのに邪魔するたぁいい度胸じゃねえか」
「シズちゃん来るの遅すぎない?俺普通に間に合ったよー」
「オイ、話題変えんじゃねえよ」

静雄はがたんと椅子から立ち上がったため、臨也を見下ろす形になる。そうして臨也の肩を掴もうとした静雄の手が、皮膚に対する違和感によって止まった。右手へと視線をやれば、原因は明らかだった。臨也の右手に握られたナイフが、静雄の右手の甲を切り裂いていた。血が溢れるのも気にしないで、静雄は思い切り臨也を殴り付けた。臨也はそれをしゃがんで避けると、そのまま教卓の前まで移動した。

「やだなあシズちゃん。そんなに怖い顔で見ないでよー」
「………ノミ蟲が」

そう言う静雄の右手によって、自らの机が高々と持ち上げられていた。臨也はそんな静雄を前に不敵に笑う。クラスメートはそんな二人の喧嘩に巻き込まれては堪らないと廊下へと避難していた。

「シズちゃん、おいでよ」
「……っいざやあああ!!」

きらりと臨也の手のナイフが光ると同時に、静雄の手から机が臨也に向かって飛んだ。すごい音と共に黒板が破壊される。しかし臨也は無傷なようで、窓の付近で静雄に向かって手を振った。

「シズちゃんってば焦りすぎ。そんなんで俺のこと殺せると思ってるの?」
「手前……ぶっころ、」

瞬間、視線の先の臨也が小さく笑った。静雄には、その口元が朝の臨也と重なって見えた。四月一日、エイプリルフール。つまりは静雄にも、臨也が朝やってみせたようにしろということなのだろう。別にエイプリルフールだからといって、嘘をつかなくてはいけないなんて決まりはないし、臨也の口車に乗せられてやる理由もない。しかし、臨也が「シズちゃんってばそんなことも出来ないんだー。ああそっか!シズちゃんは単細胞だから逆の言い方なんて瞬間的に思考出来ないもんねえ!」なんて言うシーンが簡単に想像出来た。自分が大嫌いな折原臨也にそんなことを言われて引き下がっていられるような、静雄はそういうタイプの人間ではなかった。

「………シズちゃん?」

いきなり黙り込んだ静雄を不審に思ったのか、臨也は一度静雄の名前を呼んだ。それに答えるように、静雄は口角を上げながら言った。

「……ああ、分かってるぜバカにすんなよ。いざやくんよお!俺は手前が嫌いじゃねえから、手前は絶対に死ぬな!!」
「………は、」

教室はしぃん、と静寂を取り戻した。臨也はポカンとした表情で静雄を見つめている。廊下に避難していたクラスメートに加えて、他クラスから態々やって来ていた野次馬達も、誰一人口を開こうとはしなかった。

(やってやった!)
静雄の中を高揚感が駆け抜けた。臨也に口喧嘩ではいつだって勝てない静雄だったが、今回ばかりは自分の勝ちだという自信があった。何故なら、今回は臨也の提示したルールの中で動いたのだ。臨也は自分のことをバカにして、そんなことは出来ないだろうと踏んでいたのだろうが、どうやら間違いだったようだな、と静雄はほくそ笑む。
しかし臨也から一向に降参の意が伝えられる様子はない。不審に思い、臨也をよく見ると、下を向いて肩を小さく震わせているようだ。まさかあの臨也が悔しさで泣いているのかなどとも考えたが、流石にそれはあり得ないだろうと静雄は自ら否定した。しかし、高揚感からだったのだろう。静雄が臨也の方へと一歩踏み出した瞬間、臨也の笑い声が教室に響き渡った。

「あはははっ!はは、シズちゃ……っホントにやるとは思わなかったよ…っあははは……っ!」
「………あ?」

何かがおかしい。目の前の臨也は自分の負けを認めた上で、こうして腹の底から笑っているのだろうか。最早それはいつもの臨也ではお目にかかれないであろう笑いだった。人を観察してにやにや笑うものとは違い、うっすら涙が張ってしまうような、そんなものだ。正直、静雄には何が起こっているのやらよく分からなかった。自分は間違ってはいなかったはずだ、と自らの行動を思い返して静雄は脳内で頷く。
笑ってばかりの臨也では話にならないので、廊下へ視線をやれば、最前列にて新羅が笑顔で此方を見ていた。

「おい新羅、ノミ蟲の野郎……、くそ、何がそんなにおかしいってんだ」

静雄がそう言えば、新羅は「ああ、やっぱり気づいてなかったんだね」などと言って、静雄によって破壊された黒板の端に書いてあったチョークの白い文字を指差した。

「今日、三月三十一日」

新羅の言葉が静雄の脳まで到達するには少しの時間が必要だった。そうして、静雄は自分がまんまと騙された上、野次馬の前で心にもないことを口にしたことを理解した。プチン、と血管が切れる音がした。

「いーざーやぁあああ!!」
「うっわ危ないなあ。騙されるシズちゃんが悪いんだよー、っと。じゃあね俺のこと大好きなシズちゃん!」
「死ねノミ蟲がぁああ!!」

臨也の背中を追いかける静雄の視界には、自らによって破壊された教室は入っていなかった。今現在静雄の視界には折原臨也ただ一人が存在しており、静雄の脳内にあるのは臨也を殺すというただそれだけだった。今朝臨也が口にしていた「愛してる」という言葉にも、エイプリルフールというルールが適用されないということに静雄が気付くはずもなかった。

―――
(嘘つきの嘘)
タイトル→偽花
(100401)

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