小学生双子(6)と中学生臨也(14)
臨也が偽者

「イーザー兄っ!!次あれっ、あれ乗りたい!」
「楽(たのしみ)」
「いや、あのジェットコースターはお前らの背丈じゃあ無理だと思うんだけど……」

貴重な休日だっていうのに、どうして俺はこいつらの為に態々こんな所まで付き合ってやってるんだろうか。本当は両親が連れてくる筈だった遊園地。いつもいつも直前でキャンセルするのは止めてほしい。皺寄せは全部俺宛。無理なら無理と割りきって、初めから行けないとを断ればよいものを。

「つーかさ、俺のことはいいから二人で行ってこいよ。俺もう疲れたし」

こっちは長々引きずり回されたせいで心身共にへとへとだ。こういう時の子供の体力ってほんと異常だと思う。溜め息をつきながらそう言っても、両脇の熱は離れようという様子は見せなかった。

「だめっ!イザ兄も行くのー!」
「独、待…楽無……(ひとりで待ってるのはつまらないから)」
「いや、お前らに付き合う方が大変なんだけど…」

気をつかってるつもりなのか知らないが、正直迷惑以外の何物でもない。せっかく遊園地っていう親子連れからカップルまで様々な種類の人間が集まる場所なのに、こいつらのせいで人間観察すら満足に出来やしない。俺あそこのカフェで待ってるからさあ、と紡ぐより前に両脇からぐいぐいと引っ張られたせいで前につんのめった。ああくそ、面倒くさい!

「イザ兄はーやくっ」
「置行……?(おいてっちゃうよ?)」
「……置いて行ってくれていいっつーのにさ」

はーあ、ともう一度わざとらしく溜め息をついて、俺はのろのろと双子の背中を追い掛けた。

*

「………」

俺の目の前には項垂れる舞流。理由なんてごくごく単純。俺の予想通り、妹達はまだあのジェットコースターに乗れるだけの身長に達していなかったのだ。
係員に断られてもアトラクションの前で地団駄を踏んで駄々をこねるもんだから、係員は困った笑顔を浮かべながら俺に助けを求めてきた。正直俺だって恥ずかしかったから、舞流を無理矢理担ぎ上げ、九瑠璃の腕を引きながら入口付近のベンチに腰を下ろした訳だ。「重っ」とか洩らしたら力いっぱい頭を叩かれたからもう二度と言わないと誓った(すごく痛かった)。あれから数分。舞流の機嫌は全く良くなる様子を見せない。

「…おい舞流。そんな拗ねるなよ」
「…だって……。あれこの遊園地の目玉アトラクションなんだよ?あたし、あれを楽しみに来たといっても過言じゃないのにっ。クル姉は不満じゃないの!?」
「背、小…(背丈が足りなかったから仕方ないよ)」
「うー…クル姉まで……。あの係の人意地悪だ…。うわあん諦めきれないー!!」
「困…臨兄……(どうしようイザ兄)」

九瑠璃はこちらを見上げて問いかけてきたが、一体俺にどうしろと言うのだ。舞流を慰めろとでも?生憎そうゆうのは得意じゃあない。特にこいつら相手では。
本日何回目だろうかという溜め息をつくと、俺は九瑠璃に「ちょっと待ってろ」と告げて近くのフードスタンドへと足を向けた。
店の前には人だかり。そりゃあ休日だから仕方ないとは思うけど、めんどくさいなあと列に並んで数分間。その間にメニューへと目をやれば、ピザやらホットドッグやらと昼食になりそうなものから、クレープやアイスといったものまで様々だ。

「お決まりですか?」

一体どれがいいのやら、と思案しているうちに、いつの間にか俺の番が来ていたようで、目の前で店員のお姉さんが微笑みながらそう言った。
あいつらが何を食べたいかなんて知らないから、そこまで重くなさそうなチュロスを選択。甘いものがいいだろうという配慮だってある。クレープじゃ激しい乗り物乗った直後に吐きそうだし。うわあ、俺ってちょう優しい!
とまあそんなこんなで、俺はチュロスを二本とホットコーヒーを一杯お買い上げ。さて戻るかと後ろを振り向けば、視界に映ったのはベンチに座った親子連れがピザを食べている所だった。

「………は?」

一瞬思考が追い付かず、ポカンと口を開けてしまった。いやいやいや、さっきまでいたはずだ。あいつらはあのベンチに座っていた。じゃあなんで見ず知らずの親子連れがあそこを陣取ってるんだ?………つまりは俺が戻って来るのを待たずに、二人でどっか行きやがったってことだ!

「………くそ妹がああ…!」

あいつらはどこまで馬鹿なのか。休日の午後、当たり前のようにこの人混み。携帯も持ってないってのに、はぐれて会える訳がない。辺りを見渡してみても、それらしい姿は見つからなかった。
……正直付き合いきれないのが本音だ。俺は元々面倒見がいい訳じゃないし、あいつらが勝手に遊んでようとどうだっていい。早く帰りたいと思ってたし、と脳内で反芻し、右手に持っていたホットコーヒーを飲み干すと、空いた容器をゴミ箱に捨てた。
そうして二本のチュロスを左手で握りしめ、俺はさっきのジェットコースター目指して駆け出した。

*

「お兄さんー、ほらほらっ、あたしギリギリ届いてるんじゃない?」

思い切り背伸びをしてみせる舞流を前に、係員のお兄さんは眉間に皺を寄せながら、困ったような笑顔で「うーん……ちょっと足りないかなー…。ごめんね、もうちょっと大きくなったらまた来てくれるかな?」と言った。

「小(やっぱりたりないね)」
「うう、う…、くやしいくやしいくやしいい…!イザ兄は届いてるのになんであたしたちはダメなのぉ……!」
「臨兄、上……(イザ兄の方が年上だから仕方ないよ)」

目にうっすら涙を浮かべた舞流にそう言えば、舞流はもう一度がっかりしたように下を向いて、それから私に手を差し出した。

「ふん!もういいよーっだ!クル姉行こっ」
「戻…?(とりあえず戻る?)」
「うん、そうだね。えーっとさっきこっちから来たか、ら……?」
「………」

振り返った視線の先には、先程までとは違う景色が広がっていた。舞流の言葉が止まり、私も何も言えなくなった。

「あ、あれ?さっきあそこにフードワゴンがあって」

舞流の指差す場所には確かに先程までワゴンが存在していた。なのに、今は沢山の人がその場を行き来しており、ワゴンは影も形もない。

「、動……(、うごいちゃったんじゃ…)」
「え……。あ、あたし道分かんない……。クル姉は、」
「…否(…だめ)」

さあっと舞流の顔色が悪くなった。

「うそ、どうしよう…。ねえクル姉、」

私の手をぎゅっと握りながら、そう問いかける舞流に私は何も答えることが出来なかった。

「こんなにいっぱい人がいたんじゃ、分かんないよう………」

どんどん眉が下がってゆく舞流を見ていたら、いつの間にか私の心も不安でいっぱいになっていた。そうして、舞流が「い、イザ兄……」と呟いた瞬間、一気にそれが溢れ出した。舞流の瞳から涙が溢れ出したのと同時に、私の瞳からもぽろり、とあつい液体が頬を伝った。

「いざにぃ……!う、えぇ……いざにいぃぃ…!えぐっ」
「いざ、にい…!っふ、え」

沢山の人が並ぶアトラクションの前で、私たちはイザ兄イザ兄と叫びながら大泣きしてしまったのだ。
心配そうに此方を見つめる視線。迷惑そうに此方を見つめる視線。係員の人が駆けてくる足音。たくさんの物に囲まれていたけれど、そんなのは私達が欲しいものじゃなかった。顔は涙でぐしゃぐしゃで、鼻水まで垂れてるせいで汚いけど、そんなこと気にならないくらいに呼んだ。

「「いざにぃいい……!」」

瞬間、目の前が真っ白になった。瞳に張っていた涙の膜が吸いとられ、クリアな視界を取り戻す。瞬時に理解なんて出来なかったけれど、柔らかいそれがハンドタオルだということはどうにか分かった。
タオルが退いたと思ったら、次の瞬間には口に何か突っ込まれた。さっくりとしたそれからは砂糖の味がした。

「あんま大声で俺の名前呼ぶの止めてくれない?結構恥ずかしいんだよね」

イザ兄はそのまま、私達の口に挟まっているチュロスを指差しながら「せっかく買ってやったんだから、ちゃんと食えよ」なんて言うものだから、もう私達は目の前のイザ兄に抱き着くことしか出来なかった。また涙が溢れそうになったけど、なんだかこれ以上イザ兄の前で泣くのは恥ずかしかったから、二人してイザ兄のシャツで鼻をかんでやった。

*

「あーもうきったな!ちょっと、これお前らが洗濯しろよ」
「今週の当番はイザ兄じゃーん。ねえクル姉?」
「正(そうだよ)」

二人してクスクス笑う妹達に、さっき使った労力が馬鹿みたいに思えてきた。あーあ、何で俺さっき走ったりしたんだろ。
そんなことを考えている間に、どうやら九瑠璃と舞流は俺の両脇に移動していたらしく、いきなり両腕に抱きついてきた。

「イザ兄だいすきー!」
「愛(だいすき)」
「あーハイハイ」

どうやら家に着くまで両腕は解放されないらしい。

―――
BGM:ジェミニ
in某夢の国イメージ
(100320)

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