シルバーとグリーン

脇にファイルを抱え、階段を上る。いつもより早く教室を出たから、まだ集合時間には早い。階段横にある生徒会室のドアを開ければ、中はまだ空っぽだった。俺が一番なんて珍しいな、なんて思ったのもつかの間。

「あれ、シルバーじゃん。珍しく早いな」
「グリーン先輩」

背後から聞こえた声には聞き覚えがあった。そりゃあそうだ。毎週この部屋で聞いている。

「なんだよ。ちゃんと昼食食べたのか?」
「いや、今日はこっちで食べようと思って」

左手に持ったコンビニのビニール袋を見せると、グリーン先輩は何かを察したように頷いた。

「…ああ、フラれたのか」
「…違います。なんでそういう流れになるのかが分からないんですけど」
「話の端々に出てくる子のことだろー?えーっと、コトネちゃん、だっけ?」

そこでどうしてあいつの名前が出るんだ。自分はいつもそんなにコトネの名前を口にしていただろうか?脳内で何度か考えて、そうだったかもしれないという考えに辿り着いた。ああ、無意識って恐ろしい。
だとしても、だ。フラれたフラれてない云々は関係ない。大体俺はコトネに告白なんてしてないし……っつーか、別に好きじゃねえし!このままグリーン先輩のペースにはのまれたくはない、と気になっていた話題を切り出した。

「……。あの、レッド先輩ってどんな人なんですか」
「え、何故そこでレッド?お前知り合いだっけ」

さっきまでにやにやと俺をどうからかってやろうか、思考しながらこちらを見ていた瞳がほんの少し驚いた。

「グリーン先輩の話でしか知りませんけど、今日ちょっとレッド先輩の話が出たもんで」
「……まあ、いいけど」

ばり、と焼きそばパンの袋を破り、一口食べる。残念ながら俺の好きな紅しょうがは中央に配置されているので、辿り着くにはもう少しかかる。俺が二口目をかじった際、少し考えるような素振りを見せていたグリーン先輩は口を開いた。

「うーんレッドなあ。頭は良くないぞ。それから運動もそこまで出来るタイプじゃない。大抵は授業サボるし、出ても寝てるし。なんつーか、自由奔放ってーの?悪く言えばただのサボり魔な」
「……ですよね」

あまりにも予想通りで驚いた。今までグリーン先輩の話に何度か登場した人だから、そこから拾い上げた欠片を繋いで大体の人物像は作り上げていたのだが。

「お前レッドに興味あんの?嫌いなタイプかと思ってたんだけど」
「いや、俺じゃなくて、」

そこまで言って言葉を切ると、グリーン先輩はまたまたお得意のにやにや笑いを引っ張り出す。

「…!はっはーんコトネちゃんだろ」
「………はあ」
「まあまあいいじゃん。何お前ホントにフラれたの」
「だからそういうんじゃないと」
「照れるなよ。今が青春、楽しんどかねーと勿体ないだろ」

言いながら、俺の焼きそばパンの紅しょうがをかっ拐う。文句を言おうにも口に放り込まれてしまえばもう何も言えない。

「先輩こそもう三年なんだから、会長引退して引き継いだらどうですか」
「おいおい寂しがるとこだろ、そこ!…一応後期になったらリーフにでも任せようかとは思ってるけど」
「…先輩は推薦取れますもんね」
「あー、まあ俺優秀だから」

勿論嫌味として捉えてくれることを期待していたのだが、どうやらグリーン先輩に常識は通じなかったらしい。
にやにや笑ったり自慢げな顔を向けてきたり、忙しかったグリーン先輩だけど、ようやく落ち着いたように少し目を伏せる。そして黒板の端に白いチョークで書かれた日付を見ながらしんみりとした口調で呟いた。

「…そりゃ、俺ももう三年なんだーって思うとちょっとは寂しくなるんだよな。もうすぐ夏休みだし、ってことは前期はもう終わりってことだろ。レッドの奴は馬鹿だし?どうせ高校は俺と違うとこ行くんだろうからな」
「………話を聞いてる限りでは、レッド先輩が受験大丈夫だとは思えないんですが」
「はは、レッドにとっちゃ笑い事じゃねえな。んーけどまあ、あいつもちょっとは危機感持ってると信じたいね」

そう言い、ちいさく笑ったグリーン先輩はいつも俺が見て、尊敬している先輩ではなかった。レッド、という一人のことを思考し、心配し、信じる。そんな先輩はなんというか、そう。それこそレッド先輩の母親みたいな。…なんて、言ったら殴られるから言わないけれど。そんな先輩にこれ以上レッド先輩のことを聞くことは躊躇われた。時計の針もあと二分で5の数字に差し掛かる。鐘が鳴るまでもう少し。今の俺には十分な時間だった。あと聞きたいことはひとつ。知りたいことは、単刀直入に、だ。

「……レッド先輩って、グリーン先輩から見て格好よかったりするんですか?」

そんなことはない、とか馬鹿言うなよ、とか笑いながら言ってくれることを期待していた。そうだといいと思った。だって、そうだろ?皆が憧れるグリーン先輩から見て、レッド先輩が格好いいんだったらさ。
答えはすぐに返ってきた。決して喜ばしいものではなかったが。

「あいつは、馬鹿だしスポーツマンでもないけど、格好いいよ。顔とかそういうんじゃなくて、なんつーのかな。立ち姿?まあ会ってみりゃ分かるだろ」

クラスにはいないというサボり魔にどうやって?俺の抱いた疑問は一瞬で解決された。
正直なところ、解決されない方がありがたかったなあと一人脳内で呟いた。あーあ、ついてねえの。

「あいつならいつも屋上で寝てるから」

―――
紅しょうがが好きなのは私です
(100214)

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