緑→←赤

冷たい空気に包まれて眠るのは、今日が初めてのことではない。ここで生活していれば当たり前のことだ。別段不思議がることもない。そんな空気に対する俺のぶるりとした震えが伝わったのか、一緒に眠るピカチュウがすりすりと身を寄せてきた。愛らしい行動についつい頬が緩む。薄く開いた瞳に映るのは、小さく寝息をたてる黄色い相棒と、大きく成長した仲間達。彼らを視界に入れるだけで冷えた体も少し温もりを取り戻す。そんな自分を胸中でこっそりと笑う。

そして、出来るだけ体を揺らさないように気をつけつつ、上着のポケットから幼なじみに押し付けられたポケギアを引っ張り出した。ピ、という音と共に電源が入り、画面の光が暗闇を照らす。履歴に並ぶ名前はあいつのものばかりだし、毎日飽きないなあと感心するほどマメだった。なのに、表示された着信時刻は一週間以上も前のものだ。どうして、などと詮索するのは無粋である。気にすることではないということも分かっている。ただどうしようもなく、そのポケギアを彩る黒が最近冷たさを増しているように思えてならなかったのだ。あいつ以外からは電話などというものは来ないし、俺はラジオを聞くこともない。あいつから電話が来なければ、これはただの玩具だった。

ゆっくりとした時間が流れる中でピカチュウが不機嫌そうに目を細め、俺の胸に顔を埋めて灯りから逃れようとしていた。悪いことをした。ごめんな、と脳内で呟き、電源を落としてズボンの尻ポケットにしまい込む。再び暗闇に包まれた。
寝息だけが木霊する黒の世界で、俺はどうやって存在しているのだろうか。腕の中には確かに温もりがあり、周りには大事な仲間がいて。それなのに何故だか、こころは空虚なままだった。シロガネ山に籠って三年、俺は強さを手に入れて、何かをなくした。分かっていたから驚きはしなかった。その空白をあいつが訪れてくれることで埋めていた自分がいたことも。何も言わなくても、俺を心配してくれるあいつに甘えていたことまで。みんな分かった上で、俺は山を下りようとは思わなかった。最早それは意地そのものとなっていた。ここにやって来るトレーナーがいなくなるまで。いつか自分が誰かに負けるまで。それまでは自ら山を下りることはしない、と固く決めていた。そうして一つだけ願うのだ。もしも自分が山を下りる時がやって来たとしたら、そのきっかけとなるのはいつだって俺を見てきてくれた幼なじみがいいと。ちっぽけだけど切実で、それは願うと言うほど大層なものではないのかもしれない。それでも、俺にとってそれが大切なことであることは確かだった。

……確かだった?本当に?それなら今の俺は一体なんなのだろう。暗く冷たい海の底で、いつもみたいにあいつが引き上げてくれるのを待っている。
…馬鹿馬鹿しい。待っていてどうする。待っていて何かが変わるのか?何も変わらないから、俺のこころは空虚なまま。それはそのまま履歴に現れているじゃないか。

思考すればするほど、どんどん体内から発熱し、眠気などというものは吹き飛んだ。ぱっちりと大きく瞳を開けば、暗闇はうすぼんやりと明るさを取り戻していた。洞窟の奥とはいえ、太陽が昇ればほんの少し光は届く。その世界で俺はむくりと立ち上がり、ピカチュウを床に下ろした。眠気眼の相棒が下から俺を見上げる視線を感じながら大きく伸びをして、「よし」と小さく呟いた。

すべてのものに朝が来た。暗くつめたい世界にも、俺の悶々としたこころにも。殆ど無いと言っても過言ではない荷物を纏め、皆をボールに戻すと、その小さなリュックを背負う。朝の空気にすっきりとしたのか、ピカチュウは先程よりも元気そうに鳴いて俺の肩に飛び乗った。
そうして、準備が整った時、後ろから聞こえた「あの、」という声。

「レッドさん、ですよね」

ああ、そうか。真っ直ぐな金の瞳。特徴的な前髪をした少年は、こちらをじっと見つめて「バトル、してください」と頭を下げた。
きっと彼は強いのだろう。それくらいは分かった。戦ってみたいとも思った。その上で、俺はきっぱりとこう言った。

「きみの不戦勝だ」
「……は?」

「え、…え!?」と動揺が隠せない彼を前に、俺は薄く笑った。彼に異論を唱えられるより前に、俺はあなぬけのヒモで外へ出た。久しぶりに見た外はいつも通りの雪景色だったけれど、いつもとは少し違う気がした。どこが違うのかと問われたら、それは説明出来ないけれど。きっと気持ちの問題だろう。今の俺は驚くほど清々しい。
自ら固く決めていた願望を潰してまで、今日下山しなくてはならない理由はなかった。俺は元々面倒くさがりだし、理由もないのに大好きなバトルをしないなんて考えたこともなかった。だけど、それでもいいと思ったのだ。今まで守り続けてきたちっぽけな意地なんか捨てて、それでやっとあいつに会いにいけるって。

リザードンをボールから出しその背に跨がると、俺は小さく行き先を告げた。久しぶりに会う幼なじみ、グリーンのことを考えたら、何だか胸が高鳴るのを感じた。

―――
タイトル→ラダ
多分グリーンは風邪で寝込んでるんじゃないかと
(100203)

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