幼少レッドさんとグリーン

ちまちまちまちまうるさいやつだなあ、と思う。ばかとかうざいとか、あれがないこれがない。俺のが偉くてお前はばか。ボンジュール!
グリーンの口癖を並べたら酷いことになった。なんだこれ。基本的に無口な僕は余計なことはあまり言ってないと思うけど、流石にグリーンのうるささには嫌気がさす。グリーン本人が嫌いとかそういうんじゃないんだ、けど。まあ、だからこそ我慢出来るというか。でも今日ばっかりはそう簡単にはいかなかった。

「はいレッドの負けー。お前よえーな、五連敗じゃん」
「…うるさい」
「まあいーや。へっへーん、どうしよっかなあ」

ゲームにてボロボロに打ち負かされた僕は、悔しい気持ちで一杯ながらもこの時間が嫌いではなかった。むしろ好き、だったんじゃないか。とにかく、一人ぽつんと画面に向き合うよりマシなのは明らかだった。だからもっと楽しくするにはどうしたらいいか考えて、グリーンの提案に乗り、賭けをした。ルールは極単純。負けた方が勝った方の言うことをきく。それだけだ。内心少し、わくわくしていた。まさか裏切られるとは。

「そうだ、レッド!あれくれよ。あのぬいぐるみ!」
「え、」
「ピッピ人形だよ!いいだろ、ルールだもんな。あれ前から欲しかったんだよなー」
「……や、だよ」
「あ?なんだよそれ。ルール違反じゃんか」
「嫌なものは嫌だって言ってるだろ。あれは僕のだ……」
「違うね。もう俺のですー。だってルールだもん」
「うるさい!だから黙れって、」

自分でも驚く程大きな声が出た。いつもは叫ぶことなんて殆どないのに。でもそれくらいしてまで、グリーンの言葉を止めたかったのだ。今まで色々な言葉を聞いてきたけど、今日ほど苛々したことがあっただろうか。ああ、もう止めてくれ。
脳内でぐるぐると思考しながら、ただただグリーンの言葉を止めることだけを考えていたとき、コンコン、とドアを叩く音がした。

「二人ともどうかしたの?」
「あ、おばさん…」
「男の子だし、ちょっとくらいの喧嘩はいいけど、珍しくレッドが叫んでるみたいだったから」
「、」

扉越しの母さんの言葉に肩がびくりと小さく震えた。得意気と不満気が混ざりあったかのような口調で事の流れを話すグリーン。その間僕は、ただじっと黙っているしかなかった。
話を聞き終えると、母さんは数秒置いて口を開いた。

「レッド、約束したのはあなたなんだし、負けちゃったならしょうがないじゃない。グリーンくんは正当なこと言ってるわよ」
「そうそう、正当、だぜ!」

母さんの言葉を真似るグリーンにまた心中がむかむかした。どうしてだろう、今日のグリーンは本当に僕を苛つかせる天才だ。

「…………、」
「レッド」

母さんに宥められ、僕は渋々ピッピ人形を渡した。男がピッピ人形なんて正直恥ずかしかったけど、その羞恥を押し込めて初めて自分のお小遣いで買ったものだった。この間タマムシに行った時のもので、まだ新しかった。
まだ、新しかったのだ。


グリーンが帰宅したことにより、僕の部屋はぽっかりと何かを失った。グリーン本人と、あいつに連れられていった僕の人形。人形が誇らしげに飾られていた棚は、今では家主を失った家のように寂しそうだ。
このまま部屋にいるのはなんだか嫌で、愛用の帽子を目深に被り家を出た。かといって特に行く場所があるわけでもない。マサラにあるのなんて、オーキド博士の研究所とグリーンの家くらいだ。いつもは僕かグリーンの家が僕達の居場所なのだけど、今日はそういうわけにもいかない。ぶらぶらと家の周りを一周してみたけれどすぐに暇になった。

このまま家に帰るのも癪だなあと考えていたら、いつの間にかグリーンの家のドアの前に立っていて自分でも驚いた。ほんの少しだけ考えはしたけれど、僕はくるりと背を向けて自宅へと向かって歩き出した。今グリーンの家に行くくらいなら家にいた方がましだ。血迷うところだった、とほっと息を吐き、ちらりと視線をずらせばグリーンの家の窓が目に入った。珍しく窓が開いている。少し興味を抱いた僕の瞳に映ったのは、先程まで家にいたグリーンとナナミさん。
二人の会話が聞こえたとき、胸中のもやもやと渦巻いていた黒い何かがすうっと消えていったような気がした。

「だめ、だめよ」
「いーんだよ、俺ちゃんと正当な方法で貰ってきたんだから」
「いい、グリーン。確かにあなたはズルはしてないけど、でも他人の大事にしているものを取るのはよくないわ。きっとレッドくんだって、楽しみたかっただけなんじゃないかしら」
「………」
「私のことを思ってグリーンが行動してくれてすごく嬉しい。それだけで誕生日プレゼントは十分よ」

にっこり笑ってそう言ったナナミさんはとても綺麗だったけど、ナナミさんを思って行動していた不満そうな顔のグリーンも、僕の目には綺麗に映った。
それからグリーンは小さく「…分かった」と呟いて、ピッピ人形を握りしめる。数秒後、がちゃりと開いたドアからグリーンが顔を出す。ゆっくりと顔を上げたグリーンはこちらを見て少し驚いたようで、そのままずんずんと大股で此方に歩いて来ると、ずいと人形を差し出した。

「……悪かったな。これ、返す」
「…いいよ、これはもうグリーンのものだろ」
「………」
「ナナミさん、今日が誕生日だったんだね」
「!…お前、さっきの見てたのか」
「うん。でも、それなら最初からそう言えばよかったのに」

こんなまどろっこしいやり方しないで、ナナミさんのプレゼントとしてあげたいから譲ってくれないかって。そうしたら僕だってあそこまで嫌そうな顔はしなかっただろうし、むしろ協力しただろうから。
でもグリーンはそれを聞いて、さっきよりも唇を噛み締めた。

「……、最初からこうするつもりじゃなかった」
「…え」
「ずっと楽しみにしてたんだ。ちゃんと自分で買ってプレゼントするために金を貯めて。買えるはずだったのに、喜んでもらえるはずだったのに。じいちゃんに急に仕事が入って、タマムシには行けないって言うから、だから、
…姉ちゃんに、わらってほしかったんだ……!」

どんどん声が震えて、最後には呂律がまわらないくらいに泣き出したグリーンを前に、僕はびっくりしてしまって何も言えなかった。グリーンの手に収まったままのピッピ人形は、グリーンの瞳からこぼれ落ちる滴でじんわりと色を濃くした。
どうしよう。こういう時は、どうしたらいいんだっけ?僕が泣いた時、グリーンはどうしてくれた?ああわからない。解決法なんて分からない。だけど、

「……、グリーン。一緒に買いにいこうよ、ナナミさんのプレゼント。明日、母さんに頼んでタマムシまで連れていってもらって」
「うるせー…っばーか!おせっかい!俺のことっ、なんか、ほっとけよ…!」
「……なかないで、」

気づいたら体が動いていた。重なった唇があったかい。これは多分グリーンの体温。僕とグリーンの体温が融け合って全身を駆け巡る。血流がよくなったみたいだ。指先があつい。頬もあつい。

ゆっくりと離れた僕の目の前には、見慣れた瞳を見開いたグリーン。さっきまで溢れてた涙はぴたりと止まっている。
ああ、ほらね。

「……泣きやんだ」

単語が口をつくと同時に、なんだか僕まで急激に目頭があつくなった。じわり、と涙が滲む感触がしたけど、それは押し留めて。もっと大きな感情を押し出したくて、いつの間にか笑っていた。
そしたらさっきからずーっと固まったままだったグリーンも顔を真っ赤にして「ばっかじゃねーの!」と叫んだ後、ゆっくり笑顔になった。僕はそれがとても嬉しくて、さっきまでの涙を押し留められずに泣いちゃった僕にグリーンが慌てるのはまた別の話。

―――
タイトル→藍日
どうやら二人を泣かせるのが大好きなようです
BGM:Artemis
(100123)

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