グリーンとレッドさん

レッドは基本的には泣かない奴だと俺は思う。そりゃあ昔、俺もレッドも小さかった頃は色々あったし、まだ可愛げのあったあいつは俺との喧嘩で涙を見せたことだってあった。今となっては最強のトレーナーなんて言われてるけど、あいつだって昔は何の変哲もないただの餓鬼だったのだ。

あいつが今みたいに、殆ど喋らなくなったのはいつからだったろうか。旅を始める前から何となくそんな兆しはあったけれど、あそこまで無口になるとは思っていなかった。つまりは旅の途中で、何かしらのきっかけがあったのか。はたまたいつの間にやらああなっていたのか。真相は分からないが、最後に対峙したチャンピオンと挑戦者としてのポケモンバトルの際は、もうほぼ言葉を発さなかったような気がする。

そんなあいつが、三年間も何処をほっつき歩いてるんだか検討もつかなかったあいつが、ひょっこりと帰ってきたのは今日の夜だった。久々にマサラの自宅へと帰ったら、姉ちゃんが嬉しそうに料理なんか作ってるもんだから、どうかしたのかと問えば不思議そうな顔をされた。そうして、「久しぶりにレッドくんが来てくれたんだから、頑張らないと」なんて笑顔で言うもんだから、夕飯のメニューなんて聞いてる暇もなく、俺は部屋へと駆け上った。ドアを開けたら、平然とそこに座ってる赤の帽子と黄色いあいつの相棒。言葉だって失うさ、そりゃあ。

「おまえ、レッド!今まで何処行ってたんだよ、連絡くらいしろよな!それにひょっこり帰ってきやがって、俺だって一応心配してたりとか、ああもう!何から言っていいか分かんねえ、」

俺が一人で悶々と脳内を整理している横で、無言で座ったままのレッドに少し腹がたった。だってそうだろ。別に俺はレッドの母親じゃないし、何から何まで報告してもらう義務なんてない。けど、隣のよしみというか、一応幼なじみなんだから今どこにいるのかとか、ポケギアの番号くらい知っときたいだろ、普通。だから俺が少しだけ腹をたてたのだって仕方のないことなのだ。

「……おい、何か言えよ。別に責めるつもりはねえけど、何か一言くらいあるだろ」

このくらい言えばただいまや悪かった等の一言が出てくるだろうと思い、数分待ってみたはいいけれどレッドからそれらの単語が吐き出されることはなかった。元々そんなに待つことが得意でない俺が、何分も待っていられるはずもなかった。とうとう俺は痺れを切らしたかのように、レッドに一言を叩きつけたのだった。

「黙ってちゃ分かんないだろ、何か言えよ!黙りこくって、お前はどこの餓鬼だよ!おい、」

レッド、と名前を呼ぶことは出来なかった。目の前に平然と座り込んでいたはずのレッドの顔は帽子の影になっていて見ることは不可能だったが、ぽたり、と何かが床に落ちたのをきっかけに、ぽた、ぽた。カーペットにいくつかの染みを瞬く間に形成したそれの正体は、最後に見たのはもういつだったかすら覚えていないレッドの涙だった。まさか、そんなはずは。それだけが脳内を駆け巡る。それでもカーペットの染みは消えたりしなかった。ちゃんと事実としてそこに存在していたのだ。

レッドの相棒、ピカチュウは心配そうにぺろぺろとレッドの頬を舐めたけれど、レッドの涙は止まらなかった。理由は分からない。状況から見れば、俺の言葉に傷ついたのかもしれなかった。しかし、何故だかは分からないが、俺はそうではないのだとはっきりと理解していた。

もう一生見ないかもしれないと思っていた幼なじみの涙に、俺はもうどうしたらいいのか分からなくて、ただただ呆然と眺めていることしか出来なかった。ただ一つ感じたのは、あいつの涙はどんなに時を経たところで、餓鬼だった頃と何も変わらない透き通ってきれいなままだということだけだった。

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タイトル→泳兵
負けることは悔しいこと
(100103)

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