緑間と赤司

帝光中バスケ部。絶対勝利を理念とするあの場所で出会ったレギュラーメンバーは、誰もが驚くほどの逸材であった。キセキの世代と呼ばれた彼らの力が、パズルのピースのようにぴったりとはまりあっていたあの場所では、敗北など見る影も無かった。

「緑間、昼休みは空いているか」

赤司は時折、空き時間になると俺を呼びに来る。それは部活のミーティングを行うためであったり、将棋やチェスの相手を欲してのことであった。
主将と副主将故、二人きりのミーティングはよくあることだった。しかし将棋ならば俺の他にも嗜んでいる者はいるだろうに。そんな疑問を抱き、赤司に問いかけたこともある。その際赤司が言った言葉が、思えば始まりだったのかもしれない。

「お前は諦めないからね」

人事を尽くして天命を待つ。さすれば自ずと勝利は訪れる。
その為の努力を欠かしたことはなかった。それは幼いときから俺にとっては当然のことだったのだ。
勿論苦手なことだってある。何をするにもうまくいく人間なんていてたまるものか。それでも俺は諦めが悪かったし、努力することは決して嫌いではなかった。

ただ、どんなに人事を尽くしたところで上手くいかなかったこともある。それが友人関係だ。
冗談が通じない。頭が固くて愛想がない。変な喋り方。女の子の持ち物のようなラッキーアイテム。
自分たちと違う浮いた存在を遠巻きにするのは、何もおかしなことではない。寧ろ大きないじめに発展しなかったことを喜ぶべきかもしれない。
俺も別段それを悲しんだりはしなかった。自分の性格や根本を曲げてまで人と付き合う気は無かったからだ。
だからこそ、俺は赤司との時間が嫌いではなかった。バスケとはまた別の、趣味を共有しているかのような時間。お互いが面白い、興味深いと感じた小説を貸しあう関係は非常に心地好かった。

「……投了なのだよ」
「時間も大分過ぎたし、そろそろお開きにするか」
「赤司」
「なに?」
「明日もう一度だ」
「諦めないね。緑間のそういうところ、すきだよ」

そう言って笑う赤司は眩しくて、眼鏡のレンズを通さねば俺の瞳は溶けてしまいそうだった。

また、赤司は俺にピアノを弾くように頼むことがあった。音楽室を勝手に使ってはいけないと異を唱えようとすれば、赤司はどうやって許可を得たのか分からない音楽室の鍵をちらつかせてみせるのだ。
そこまでされては折れるわけにもいかず、度々俺は昼休みにしんとした音楽室でピアノを弾いた。観客は赤司一人きり。
それでもなぜだか、子供の頃に大衆の前で弾かなければならなかったコンクールのときよりも緊張している自分がいた。
回を重ねる毎に指先の痺れは解けていったが、最後まで頬がゆるく火照るのだけは変わらなかった。
演奏が終わると、赤司はいつも何も言わずに拍手をする。ぱちぱちぱち。静かな音楽室に響く乾いた拍手の音だけが、俺の心をぎゅうと握りしめ離さなかった。

赤司は俺にとって非常に優れた好敵手であった。
小学生時代は努力しさえすれば成果は必ずついてきた。算数のテストでクラスメイトに負けたのが悔しかったのなら、勉強すればいい。それでなんとでもなったのだ。
だが中学に入学し出会った赤司という大きな壁の前では、そのような考えは通用しないのだと思い知らされた。
勉強でもバスケでも将棋でも、どんなに努力したところで俺が赤司に勝てるものは存在していなかった。悔しさと嫉妬だけがこころに溜まりどろどろとした感情に苛まれた夜もあった。それは確かな劣等感。
感じないはずはなかった。それでも、いや、だからこそ、俺は努力することを止めはしないと誓ったのだ。敗北を知らないなどとぬかすこの男に、俺が味わってきた悔しさを教えたい。そして、そこにあるのはただ悔しいという思いだけではないのだということを教えたい。
俺は諦めが悪かった。そんな自分が嫌いではなかった。
赤司もきっと、きらいではなかったろう。



青峰の開花で芽生え始めていた亀裂は、各々が才能を開花させ個人技のみを主体とするバスケへと変化したことにより表面化した。 俺も自身の武器である3Pシュートを極めることに専念する あまり、個人プレーが多くなったのは疑いようもない。チームプレー強化のためのメニューは鳴りを潜め、皆の笑顔を見ることも少なくなった。それでも帝光中バスケ部は決して負けはしなかったし、寧ろ爆発的な力で相手をねじ伏せていたと言えよう。
その頃にはもう、今までのように頻繁に赤司と将棋盤を囲むこともなくなっていた。

卒業式の日、俺は部室の前に佇む赤司を見た。
同学年の生徒たちが校門の前に集まって感動の涙で頬を濡らし、抱き合って写真を撮っている中、そんな騒がしさとはかけ離れた世界にぽつんと存在するかのように、赤司の背中はひどく遠くに見えた。

「赤司」
「おや、緑間」

振り返った赤司はあの頃と同じように笑って見せた。それに呼応するかのように、制服の胸元で花びらが揺れる。

「何をしているのだよ」
「別に。もうここに来ることもないのかと思うと、なんだか違和感があってね」

何事もないかのように笑う赤司を前に、俺は一抹の不安を抱いた。
はっきりとした理由も根拠もない。笑われるかもしれない。
それでも確かに胸はざわついていた。

「お前は帰らないのか」
「緑間こそ。写真を取り合ったり、別れを悲しみあったりしなくていいのかい」
「馬鹿にしているのか」

赤司はそんなこと。と驚いた風にぱちぱち、と瞬きをしてみせるものだから、そのわざとらしさに俺は一層変に悔しくなり、口を噤んでくるりと赤司に背を向けた。

「俺は帰るのだよ」
「そうか。俺はもう少しここにいる」

赤司の凛とした声が、俺の鼓膜をちいさく揺らした。

「じゃあね」

振り返った瞳に映った俺より大分ちいさな背中は、いつもの通り品行方正な赤司に相応しい、ぴんと背筋を伸ばした綺麗な姿勢のままであった。

あれから赤司は京都の洛山高校に入学した。
IH、WCが開始した当初から出場し続けており、優勝回数全校中最多という実績を持つ、赤司の求める勝利に一番近い学校だ。
京都の学校故自宅から通うことも出来ず、赤司は高校の寮に入ることとなった。そのため俺は結局卒業式以来、一度として赤司に会うことはなかった。
家には今でも、赤司に借りっぱなしの本が一冊。
自分は体験したことのない敗北の感覚に打ち震える主人公の心理描写は非常に興味深いと、そう言っていた赤司は、ものを大切にしない男ではない。それでも、本を返してほしいというメール一通よこしはしなかった。
ざらついたその背表紙を見る度、卒業式の日に別れたきりの赤司の笑顔が浮かぶ。本棚の隅に置かれたその本にふと触れてしまう癖があることは、誰にも打ち明けることのない俺だけの秘密であった。



高校に入学したからといって、俺は今まで築きあげてきた自らのやり方を曲げる気は全くなかった。
より遠くから、より確実なシュートを。チームメイトに頼っているようでは駄目だ。俺のシュートは落ちない。自分で点を取ることこそが、最も確実だ。賭けに出る気など毛頭ない。人事を尽くさない奴に勝敗を任せるなど、俺は絶対に嫌だった。

「よう!緑間真太郎クン?」

入学してまだ間もないころ、同学年の高尾という男に声をかけられた。聞けば自分もバスケ部に入るからよろしくしてくれ、という。
ラッキーアイテムを持ち歩いていることや、語尾に対する嘲笑には慣れたものだが、遠巻きにひそひそと囁かれることが基本で、直接言われる機会は然程なかった。背丈が大きいことも関係していたのだろう。だからこそ初対面でいきなりそのことに触れられるとは思わなかった。失礼な奴だ。
話口調からも察するに軽薄そうな男で、まるで赤司とは違う。その時にはまさかこいつと部活以外においても共に過ごす時間が多くなるとは思いもしなかった。

「なあなあ、帰りコンビニ寄ってアイス買ってこーぜ」
「奢りか」
「なんでだよ!!俺部活で疲れた体で自転車漕いでるんだから、真ちゃんが奢ってくれたっていいレベルだろ!」
「じゃんけんで勝てないのを俺のせいにするな。お前が人事を尽くしていないだけなのだよ」
「俺もおは朝占いのラッキーアイテム持てって?やだよ。先輩たち真ちゃんだけで十分お怒りなのに俺までもってってみ?俺ら仲良くスパルタメニューだぜ?」

高尾はよく喋る。べらべらとよくそんなにも話題が湧いてくるものだ。
そんな高尾がなぜ俺と共にいるのか、俺にはいまだに理解が出来ない。バスケ部のチームメイトだから?俺のお守などというふざけたことを先輩から頼まれているからか?
理由がどうであれ、こんなにも陽気でおしゃべりなこの男が、俺と話していて楽しいと感じているとは到底思えなかった。

「真ちゃん?」

俺の返答がないことを怪訝に思ったのか、高尾は自転車を路肩に止めてこちらを振り返った。

「お前はどうして俺といる?」

問いかけは自然と口に出ていた。前々からの疑問だった。高尾は一瞬きょとんとすると、何でって、んーと…と顎を触りながら眉間に皺を寄せた。

「……面白いからだけじゃダメ?」

一拍置いた後、困ったように笑いながらそう言った。そこには嘲りや蔑みは全くと言っていいほど存在しておらず、ただ目の前の男の真っ直ぐな感情が見て取れた。
きっとこの男の中で俺と付き合うことにおいて、打算や使命感なんてものはないのだろう。
信頼とはなんなのか。中学時代において信頼とは何を意味していたのか。それを本当に体験したことはあったのか。
高尾を見ていると、なぜだかそんな俺らしくもないことを考えてしまう。

「……今日はそれで許してやるのだよ」

頬に受けた風が、なぜだかいつもよりほんの少し心地よかった。
早起きは三文の徳。おは朝と朝練を控え目を覚ます。学生の本分である授業を終え、バスケ部でのきつい練習を終え、帰宅する。食事に風呂に課題といった欠かせないことを終えた後に眠りにつく。中学時代から変わらないサイクルの中から、いつの間にか消えた癖があることに俺は気付いていなかった。ざらざらとした背表紙の上部に、うっすら埃が溜まっているということにも。



ある夜俺は夢を見た。
暗闇が広がる世界に俺はひとりぽつんと立っていた。頭上を見上げれば、ちかちかといくつもの小さな電灯がゆらゆらと揺れており、まるで星空のようであった。どうやらここはトンネルか何かの中のようだ。
その光を頼りに、右も左も分からない道を壁伝いに歩く。暫く進むと、奥の方からいままでの電灯とは違う、大きな光が差し込んでいるのが分かった。
光に向かって歩いてゆき、トンネルを抜けて辿り着いたのは駅だった。ホームは比較的きれいに整備されているようだが、人の姿は見えない。
どうするべきか思い悩む間もなく、まるで俺を待っていたかのように「電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください」という女声のアナウンスが響いた。

暫くすると、ちかちかと光るライトが線路の奥に見えた。電車だ。
JRの車体によく似た電車は、耳障りなブレーキ音をたてながら停止した。
開いたドアの向こうに見えた車内には、見知った色とりどりの髪色が五つ並んでいた。随分と懐かしい光景だ。俺が乗り込んだ途端にドアはプシューッと音を立てて閉まった。
俺たちの他には誰も乗っていないがらがらの車内。吊り下げられた広告には、帝光時代の文言である「百戦百勝」という文字が躍っている。
どこへ向かう電車かすらも分からないが、ゆっくりと動き出した車両のなかで躓かないよう、布張りの椅子に腰かけた。

最初に動いたのは黒子だった。車内の電光掲示板に誠凛という文字が左から右へと流れるのを目にすると、すっくと立ち上がり、ドアが開いた途端に迷うことなく降りて行った。
次の駅では桃井と青峰が、その次の駅では黄瀬が下車していった。元々がらがらだった車内はより一層人気をなくし、残っているのはいつの間にか俺と紫原だけだった。
静かな車内に、車体の揺れる音と紫原が菓子を咀嚼する音だけが響く。
がたんごとんと一定のリズムで揺れる電車は、程よく眠気を誘う。大した騒音に阻害されることもないその空間で、俺はいつの間にかゆるやかな微睡みへと沈んでいった。

はっと目を覚ましたのは、それからかなりの時間が経ってからであったように思う。今考えると夢の中で眠りこけてしまうというのも変な話だ。すでに紫原も下車したようで、車内には俺一人きりであった。窓の外は相変わらず真っ暗で、俺が眠りこけている間に車庫までやって来てしまったのだろうか、と不安を抱く。
そんな時、電光掲示板に点滅する文字が流れ始め、はじまりの駅で聞いたのと同じ女声のアナウンスが聞こえてきた。

「次は終点、終点」

赤く点滅している電光掲示板の文字を見た瞬間、俺は頭をがんと強打されたような衝撃を受けた。それは俺が中学時代一番口にしたであろう名前。
電車は徐々に速度を落として停車した。
車両のドアが開いた途端、ぶわあっと吹き込んできた強い風に目を細めながら、駅のホームに足をつく。
視界に映る美しい姿勢の見知ったその背中は、見間違えようがなかった。

「赤司」

震える声で名前を呼ぶと、彼はゆっくりとこちらを振り返り、おや真太郎。と微かに驚きを含んだ声で呟いた。

「まさかこんなところで会うとはね。驚いた」
「ここはどこなのだよ。お前はなぜこんなところにひとりきりでいる?それに、」

どうして帝光の制服を着たままなんだ。その言葉は口から吐き出される前に、霞になって消えた。
これは俺の夢であるから何もおかしくはない。俺はまだ一度も、洛山の制服を着た赤司の姿を見ていないのだから。そう結論付けることで、違和感に知らんふりを決め込んだ。
赤司は、話途中で不自然にどもった俺の言葉には何ら反応せずに口を開いた。

「お前が降りるべき駅はここではなかったよ」

何を言っているのかよく分からない。
赤司は普通なら知らないようなことを沢山知っている男であった。知識を得るということ自体が好きなのかもしれない。だからといって自分の知識ばかりをひけらかすということはなかった。毎回のテストが赤点との戦いという、非常に馬鹿な青峰に対しても、きちんと相手が理解できる言葉で説明してみせるのだ。
だからこそ、赤司がこのように論点を揺らがせる様は、見ていて腑に落ちない光景に他ならなかった。
そんな俺の戸惑いを察したように、赤司はふ、と息を漏らして睫を伏せた。

「それ、返してもらえるか」

もう必要ないだろう。そう言って赤司が指差したのは俺の右手。
先程まではなにも持っていなかったはずの掌に、俺は一冊の本を握りしめていた。
高校に入学した当初は頻繁に触れていた本。誰にも打ち明けたことのなかった癖。
ざらざらとした背表紙の触り心地すら忘れてしまったのはいつからだ?

「赤司、それは」

出来ないなどと、どうして言えようか。この本はもともと赤司のものであり、俺にずっと貸し出していたにすぎない。
赤司は知らないはずだ。俺が抱いていた思いなど。
そう、あれは浅ましくも、紛れもなくはじめての恋というものであったのだ。
赤司は言葉に詰まった俺の右手から滑らかな仕草で本を引き抜くと、顎で俺の背後を示して見せた。

「ほら迎えだ」

振り返るよりもはやく、背中を勢いよく風が吹き抜けた。俺が乗って来たのと同じラインの色をした車体が、ちょうど到着したところだった。
ゆっくりと開いたドアの隙間から見えた人物は、非常に良く見知った顔。

「真ちゃん!」
「高尾……」

飛び出すように降りてきた高尾は、ホッとしたようにひとつ息を吐いた。

「こんなところにいた!なっかなか来ないからさ、探したんだぜ?先輩たちに迎えに行ってこいって言われちゃってさ」

ホラホラ急いで、と当たり前のように手を引かれ、向かい側の電車に導かれる。
待て高尾。赤司は、あいつはどうするんだ。赤司を放って、俺だけが帰るのか。
吐き出したい思いはあるのに、脳内でこんがらがってうまく言葉にならない。
気付いた時には俺はもう折り返しの電車内だった。発車音と共にドアが閉まる。
窓の向こう側にぽつんと立っている赤司の姿を前にして、俺は思い切り息を吸い込んだ。

「赤司!」

聞こえなかったのかもしれない。
とにかく、赤司は何も言わなかった。そして窓越しに俺をまっすぐ見つめ、ひらひらと手を振ると。
じゃあね。そう動いたであろう口元が卒業式のあの日と被って、俺は何故だか無性に泣きたくなった。

がたんごとん。
高尾はいつも以上に無口な俺を前にして、なんとなく何かを感じ取ったのだろう。車内では向かいの座席に座り、静かに外を眺めていた。
久しぶりに見た赤司の姿は、あの頃となにひとつ変わってはいなかった。それは単にこれが夢の中だからかもしれないし、俺の赤司へのイメージがそのまま具現化したからなのかもしれない。
しかし俺には、あれが現在の赤司の姿であるように思えてならなかった。
勝利することこそ正しいと、そう信じ続けている赤司の姿は、今の俺にはどうしても眩しく感じられなかった。
終点で一人きり、敗北を知らず、期待を抱くことも許されないまま退屈を持て余している彼を、残して行きたくは無かった。
それでももう、中学の頃と同じように赤司の傍にいて、何度でも挑み続けるということは出来そうにない。
俺に残されている方法はもうひとつしかないと、そんなことはとうの昔から分かっていたはずだ。
俺は、赤司に敗北を教えてやらねばならない。

「次は秀徳、秀徳」という女声のアナウンスが揺れる電車の中にこだましたのを最後に、俺は夢からぱちりと覚めた。
WC当日の、肌寒い朝のことであった。



WCでの洛山との試合を控えた待機時間。俺は、話があるとメールで赤司を呼び出した。

「やあ。試合前に呼び出されるとは思わなかったよ」

前髪を切ったことで、前よりも幼い印象を受ける赤司は、凛とした声で俺の名前を呼んだ。

「話ってなんだい」
「試合が始まる前に、お前に言っておきたいことがあるのだよ」

俺の話を促すように、赤司は軽く頷いてみせた。

「お前がどう思っているのかはしらないが、俺は今のチームにいることをなんら後悔していない。中学のころと比べれば、力の差は明らかだ。それでも、チームとして、それぞれが人事を尽くす彼らは、決して中学時代のそれに劣ってはいないのだよ」

中学時代は一度として、どんなことにおいても勝てなかった赤司との勝負。
しかしそれは昔の話だ。今の俺ならば、赤司を倒すことが出来るはずだ。
今日のおは朝占いで蟹座は二位。何の因果か知らないが、ラッキーアイテムは将棋の駒。
人事は尽くした。不安に曇るこころの隙間など、どこにもありはしない。

「俺は言ったな。いずれお前に敗北を教えてやると。それが今だ。このWCで、俺はお前に勝つ」

赤司は暫く黙っていたが、ふ、と息を漏らしてちいさく笑った。零れた息が白く染まる。

「お前は昔から諦めが悪いな」

短くなった前髪のお蔭で、以前よりも表情がはっきりと見て取れる。

「真太郎のそういうところ、すきだよ」

そこにいるのはやはり、赤司征十郎その人であった。零れた笑みと透き通った言葉は、あの日のように俺の胸を掴んで離さなかった。
左右異なった色をした瞳がきらきらと光ったように見えたが、きっと気のせいなのだろう。
赤司の涙など、俺は一度たりとも目にしたことはないのだから。

(20120911)

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