コトネとゴールドとシルバー
学ぱろ
これの続きです

はっくしゅん!盛大なくしゃみを一つしたあたしは、ポケットティッシュを一枚取り出しちーんと鼻をかんだ。それでも鼻はむずむずし続けているし、目は涙で潤んでいる。びゅう、とまだ冷たく強い風が顔に吹き付けると、またくしゃみが出そうになる。

受験という大きな敵を無事乗り越えたあたしは、残念なことに新たな敵に襲われていた。花粉症だ。どうやら今年は花粉が多く、新たに花粉症になる人も少なくないという。十八年生きてきて無事だったあたしの鼻も、今年の花粉襲来には耐え切れなかったらしい。
お陰で折角受験が終わったというのに、マスクや薬、大量のポケットティッシュを常備しなければならないという悲しい現状だ。しかも、今まで一緒に花粉症を楽観視してきたゴールドはかからないという理不尽な事態である。少しくらい文句を言ったって許されるはずだ。長い間花粉症に苦しんできたシルバーが哀れむようにあたしの頭にぽん、と手をのせた時にはなんだか無性に悲しくなった。
まあ花粉が舞うこと自体は自然現象だし、なってしまったからには仕方がないと割り切ってはいるが、卒業式の日くらいは花粉も舞うのを止めてはくれないものだろうか。
皆が感動の涙で頬を濡らしている中、あたしは花粉症の涙と水っぽい鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしていた。正直感動して泣いている余裕はなく、無くなりそうなポケットティッシュを案じながら、ちーんと鼻をかみ続けたのがあたしの高校生活最後の日だった。
その上厳粛な雰囲気の中で大きなくしゃみを連発するという、なんとも空気が読めない子アピールをしてしまった自分が恥ずかしくてしょうがない。皆の視線が自分に集まっているのに気付いたときは、今すぐ体育館の外に駆け出したい衝動にかられたものだ。

とにかく、あたしとしてはもう少し格好のついた卒業式にしたかったのだ。こんな風にきちんと制服を着て式に出たことは、入学してから三年経った今でも殆ど無かったと思う程だけど、それでも今日がラスト制服、ラスト高校生であることに変わりはない。だったら最後くらい綺麗にしめたいっていう気持ちも分かるでしょ?それなのにあたしの外見はまるで不審者だし、今日に限って花粉最悪だし、もう少し空気をよんでくれてもいいんじゃないのかな、花粉さん。

「コトネー、このあとクラスで打ち上げしようってことになったんだけど、コトネも行くよね?」
「んーどうしよう、鼻水やばいからなあ」
「えーっ来ないの?高校最後なのに?」
「だってホントに辛いんだもん、目も痒いし」
「ほんとだ。目ぇ真っ赤…大丈夫?」
「じゃない」
「…よね。でもゴールドくんは出るつもりらしいわよ」
「そうなの?」
「うん。女子たちが騒いでた。だからてっきりコトネも出るものだと思って」
「そっかあ。一組はやらないの?」
「やるのはうちと二組だけみたい。一組と四組はあんまり協調性ないじゃない?ほら、体育祭のときとかも」
「確かに、クラスで一体になってなにかをするってタイプじゃないかも。それぞればらばらに別れて仲が良いってイメージ」

鼻をすすりながら喋っているため、何だかとても話し辛いが、仕方ない。

「一組やらないのかあ、」

先程まで姿が見えたシルバーはいつの間にやらどこかへいなくなってしまった。シルバーのことだから、クラスの皆に捕まる前にさっさと帰宅してしまおうという魂胆なのかもしれない。あたしは来て来てオーラを纏うクラスメートと、皆に囲まれて一緒に写真を撮るよう誘われまくっているゴールドの背中を交互に見てから、「ごめん、あたしやっぱパス」と告げた。
不満げな声をあげるクラスメートに、今度埋め合わせをすることを約束すると、あたしはさっさと消えてしまったらしい背中を追いかけて校門を飛び出した。

*

「ゴールド、つぎあたしたちとー!」
「はっ今俺たちは男の友情で固く結ばれてんだから女子が入ってくる隙間はねーの!」
「はあー?あんたら調子乗りすぎ!」
「もういいじゃんまとめて撮ればぁ…」

クラスメートに囲まれて、カメラを向けられ、人気者の(ここ重要)俺はあっちこっちと引っ張りだこだった。何回ピースをしたかも忘れるほどに。それは俺自身がはしゃいでいるからって理由が一番大きいんだろうけど。こうやって皆でわいわい騒ぐのは好きだ。それなのに、男女で変な言い争いが始まってしまい、どうにもこうにも面倒な事態。面倒事は、好きじゃあない。
打ち上げ行くなら早く移動しようと提案するため、コトネの方を振り返ると、先ほどまでずびずび汚らしく鼻をかんでいたあいつはいつの間にかいなくなっていた。あれ、ついさっきまでいたのに。あいつどこ消えた?
言い合っている男子達と女子達の間からこっそり抜け出し、さっきまでコトネと話していたクラスメートを呼び止めた。

「なあ、コトネとシルバー、どこいったか知ってる?」
「んー、シルバーくんは分かんないけど、コトネならさっき走って出てったよ」
「え、あいつ打ち上げ来ねえの?」
「うん、今日はパスするみたい。花粉症辛そうだったもんなー」

意外だった。コトネはこういうイベントじみたことは大好きだから、きっと参加するもんだと思っていた。それほどまでに花粉症が酷かったのだろうか。
シルバーは、と考えた瞬間、はたと答えにぶち当たった。そういやさっき聞いた話だと、一組は打ち上げ等はせずに即刻解散だったらしい。確かに一組らしいといえば一組らしいが、ということはつまり、あいつも打ち上げに参加するであろう俺とコトネを置いてさっさと帰っちまったのだろう。
だからシルバーの姿は見えなかった。多分コトネは…。
そこまで分かれば俺の答えは決まったも同然だった。コトネのことを教えてくれた彼女に礼を言うと、まだぶつぶつ言い合っているクラスメートの輪の中に飛び込んで言った。

「悪い!俺も帰るわ!」

クラスメート達は一瞬目をぱちくりさせた後、不満げな声をあげた。

「ええーっ!!ゴールド出るって言ったじゃん!」
「そーだよ付き合いわりーぜ!」
「だからごめんって…また今度埋め合わせすっから」

わりーな、と右手をあげて謝れば、男子達は「しょうがねえなあ、今度奢れよー」と言って手を振ってくれた。
しかしどうやら女子はそうはいかないらしい。ふとコトネがいないことに気付いたようで、不満げな顔で俺に詰め寄ってきた。

「ゴールドさあ、もしかしてコトネちゃんが帰っちゃったから参加しないの」

その言葉を聞いた途端、さっきまでは俺を送り出してくれていた男子達が再び俺を取り囲んだ。

「え、なになに!お前らやっぱ付き合ってんの!?ひゅーひゅー!!」
「いっやあ俺も前々から怪しいとは思ってたけどほんとにデキてるとは思わなかったわー」
「男子うっさい!!」

あーあー。余計なこと言ってくれたなあと思いつつ、ほんの少しだけ俺とコトネが付き合っている図、なんてものを想像してみた。……無理だった。有り得ない。だってコトネだぜ?
すぐ恋だの付き合ってるだのって決めつけるアレってなんなんだろーな、異性のこと、友達としてめっちゃ好きじゃいけないわけ?
こんなことしてるうちにどんどん時間は経過していく。それが不満で、はー、とついたため息は白く染まった。

「俺とコトネ、そんなんじゃねーよ。幼なじみと仲良いのってそんなおかしい?」

う、とたじろぐ女子を前にして、俺は続けた。

「それにおれ、コトネとシルバー二人とも大好きだから。付き合うどーの以前に、三人じゃないと意味ねーんだ。だからそれは誤り!そんじゃ!」

後ろで女子がわーわー言ってるのが聞こえたけど、ムシムシ!
もう止まってやんねーぞ。俺がはやく行ってやんねーと、あいつら寂しがっちゃうからな!

*

毎日通っていたこの通学路を通るのも今日で終わりか。そんな感慨めいたことをふいに思った。俺らしくない。終わらない寒さのせいだろうか。

「シルバー!」

そんな折、背後から聞き慣れた声が響いた。振り返ると予想通りの人物が息を切らしてこちらへ走ってくる姿が映る。以前にも学校帰りに同じようなことがあったなあと思い返す。それもつい最近。そのときは追う側が俺だったけれど。
コトネは俺に追いつくと、息を整えながらも、俺が何か言うよりも前に満面の笑みで言った。

「卒業おめでとう!」
「は?」

予想外の言葉に一瞬固まった。意味がわからない。いや、正確に言えば、意味は理解出来るのだけど。

「そんなのお前もだろ」
「いやまあそうなんだけど、どうしても言いたくって」

えへへ、と笑うコトネを前にして、ふいに熱くなる頬を隠すようにマフラーを引き上げる。

「…おまえ、打ち上げ出てくるんだったんじゃねえの」
「そのつもりだったんだけど、やめました!花粉症ひどいし!」

話の途中でもティッシュを取りだし鼻をかむコトネは、言葉通りのひどい症状だ。俺も花粉症には悩まされてきたのでその苦しみは分かる。しかしコトネ程の症状になったことはなかった。擦りすぎたのか、赤くなっている目元にはうっすらと涙が浮かんでいる。
そういえばあの日も、コトネはないていたっけ。

「もうちょっとマシなくしゃみは出来ねーのかよ」
「シルバーだって花粉症なんだから、この苦しみ分かるでしょ!もー!」

そう言ってぷいと顔を背けたコトネの目尻で涙がきらりと光った気がした。
無意識のうちに右手が動く。コートのポケットに突っ込んでいた手を外に出すと、つめたい空気に触れて指先がぴりりと痺れた。コトネの目尻にたまる滴に伸ばした指が触れようとした瞬間、寒空の下に響いた声は空気を震わせた。

「二人っきりでいちゃつくのきんしー」

突然の来訪コトネと同時に振り向いた先には、寒さで鼻を赤く染めたゴールドが、いたずらが成功した子供のような笑顔で立っていた。途端、俺は自分がなにをしようとしていたのかに気付き、かあっと熱が一気に顔面に集まるのを感じた。

「あれっ!打ち上げ行ったんじゃ」
「ばっくれてきた」

コトネは突然現れたゴールドに関心が向いており、こちらの異変には気付いていないらしい。それだけが救いだった。ゴールドのにやついた笑いを見る限り、今の行動は見られていたんだろうけど、もうどうしようもないのだからさっさと忘れることに専念しょうと思った。
それにしても、ゴールドまで打ち上げに出席しないとは思わなかった。一体どういうつもりなんだろうか。
そう疑問を抱いたのはコトネも同じだったらしい。

「クラスの人気者なのに、行かなくっていいんですかー」

嫌味っぽく、しかし笑みを含ませながら紡がれたコトネの言葉には、きっと俺が抱いたのと同じであろう微かな期待が読み取れた。
そしてゴールドの返答もその期待に応えたものだった。

「いーの、俺たち運命共同体だから。なんか文句あっか」
「んーん、べっつにい」

そう言いながらも嬉しそうに笑うコトネ。気付けば俺も、無意識のうちに笑みがこぼれていた。これにはマフラーを引き上げておいた自分グッジョブと言わざるを得ない。こんなところまで見られていたら、恥ずかしくてしょうがない。

幼いころからずっと三人で一緒に遊んで、成長してきた。コトネが泣いたあの日、ほんとうは俺だっておなじ不安を抱えていた。三人がばらばらの大学へ行くようになったら、生活がずれていってそのうち疎遠になってしまうんじゃないかって。そんなこと、言えるはずもなかったけれど。
だから、コトネがああ打ち明けてきたときには少しほっとした。よかった、俺だけが不安に思っていたわけじゃないんだと。
そして、ゴールドが俺たちをまとめて抱きしめてくれたとき、コトネが笑ってくれたとき、不安は冷えた風にさらわれたかのように消え去った。
ふたりがすきだ。ふたりのえがおがすきだ。
まあ、ぜってー言わねえけど。
そう心の中で思うと、俺は再びちいさくわらった。

(冬が終わる)

「なあなあこのままゲーセン行かね?」
「えー今日はカラオケのきぶんー」
「シルバーは?」
「…任せる」
「じゃあカラオケ行ってーゲーセン行って、んで俺んちで旨いモン食おうぜ!」
「あたしピザとりたい!」
「良いねーそんでそのあとは夜通しゲームな!受験のせいでたまってんだよ」
「ふっ、受験でなまったであろうその腕、今日こそは叩きのめしてあげるわ!」
「おー望むところだ!」
「お前ら勉強から解放されたからって、はめ外しすぎんなよ」
「わーかってるって!シルバーは真面目だなぁ」

―――
タイトル→ジューン
ゴールドはクラスの人気者
(120108)

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