思えば臨也ははじめて出会ったときからおかしな奴だった。
「きみを助けにきたよ」なんて、まるでどこかのヒーローみたいな台詞を吐いて、気持ちわりい笑みを張り付けて、真夏だってのに暑そうなコート着て汗ひとつかかないで。俺に、脅えないで。
変な奴だけど、放課後そんな臨也と一緒に公園でアイスを食べたり、ラムネを飲んだりする日常が楽しくない訳がなかった。初めての体験だった。毎日友達と一緒に帰って、寄り道して。臨也は大人で俺はまだまだ子供で、勿論年の差はあったけれど、確かに友達のそれだったはずだ。だから俺にとってこの夏は、いらつくことも、悲しいことも、傷ついたこともあったけれど、そんなものの何倍もの幸せが詰まっていた。

「いざや」

すでに空には真ん丸いお月様がぽっかり浮かんで、暗い世界を照らしていた。見慣れた黒いコートを羽織った臨也の背中を見つけたのは、俺たちの憩いの場所と化していたあの公園だった。臨也は俺の声が聞こえると、ゆっくりとした動作でこちらを振り返ると微笑んで言った。

「やあシズちゃん。君の方から来てくれるなんて思わなかったよ。俺に何か用?」

何の用かなんて、きっと聞かなくても俺の表情を見ただけで検討はついているのだろう。臨也とはそういう奴だ。

「お前に言わなきゃならねえことがあるから、来た」
「ふうん。俺は君から聞かなきゃいけないことなんて思いつかないけどなあ。大体、もう夜だけど、子供はお家に帰る時間じゃないの?」
「おあいにく様。今日は親帰ってくんの遅いんだよ」
「あっそう。ならいいけど。で、俺に言わなきゃならないことって、なに」

俺は何度も脳内で反芻していた言葉をもう一度組み立ててから、口を開いた。

「お前、未来から来たんだろ」

臨也は一瞬ぽかん、とよく内容が飲み込めていないような表情を見せてから、ぶっ!と勢い良く噴き出した。

「なにそれ!あはっまさか、シズちゃんがそんな妄想癖の持ち主だったとは、っふふ、知らなかったなあ…!!シズちゃんもしかしてまだサンタさんはいるとか信じちゃってるタイプ?」
「おい、俺は真面目に言ってんだよ」
「…じゃあ俺も真面目に言うけどね、未来から来たってなに?そんなファンタジー小説みたいなこと、現実に有り得るなんて思ってるわけじゃないよね」

ああ、思っちゃいない。いや、思っちゃいなかった。けど、俺の中で出た最もしっくりくる答えがそれだ。俺は馬鹿だけど、自分で出した答えを信じることに決めたんだ。

「俺なりに考えて出した答えだ。最初からお前がおかしなやつだってことは分かってた。俺のことを怖がりもしねえで近づいて来たし、まるで俺のことを長らく知っていたみたいにシズちゃん、なんてふざけたあだ名で呼びやがって…。夏だっていうのに暑そうなコート着て汗ひとつかかねえし。違和感感じるのは当たり前だろ」
「へえ。で?それくらい何とでも言い負かせるけど。俺が未来から来たって証拠でもあるの」

「お前と夏祭りの約束をしたカフェ」

臨也の肩が、ほんのちいさくだが、ぴくりと反応したのを俺は見逃さなかった。

「あそこ、今日で閉店だった」
「ああ、そうらしいね」
「お前はあの日、もうすぐこのカフェが閉店しちまうから、一度くらい入っておきたかったって言ったよな」
「うーん、そういえばそうだったかも」
「あのカフェの閉店が決まったのは、突然祖母さんが倒れたからだ。あの時はまだ、全くそんなこと決まってなかった」

俺がそう告げると、臨也は表情は変えないままで口を噤んだ。

「なんとか言えよ」

それでも臨也は口を開こうとはしない。頑なな態度に、今度は俺がイラつきを募らせる番だった。

「臨也!!」

遂に我慢出来ずに大声で臨也の名前を呼ぶと、臨也はようやくこちらを見据えて笑った。

「なあんだ。もうバレちゃったか。案外早かったな。まあ、もう潮時かなあ、とは思ってたけど」

臨也の黒髪が、羽織ったコートが、夜なのにまだ冷え切らない夏のぬるさを纏った風に揺れる。

「そうだよ、俺は未来から来たんだ。成長した君はそりゃもう今以上のすんごい怪力を手に入れてくれちゃって、池袋中の自販機や標識を壊しちゃ俺に投げつけてくるんだから、困るなあほんとに。だから俺は君のことが殺したいくらいにだいっきらいなんだ、シズちゃん」

「…なんで、そんな大嫌いな俺に会いに来たりしたんだよ」
「……そんなのただの気まぐれだよ。過去にタイムスリップ出来るなんて、そんな面白い力が手に入ったんだ。使わないわけにいかないだろ?せっかくだったらあのシズちゃんを手なずけることに使おうと思っただけさ」

まあこうして失敗しちゃった訳だけど、と臨也は大げさに両手を広げながらやれやれ、と首を振ってみせた。

「俺の思惑が君に知られちゃったんなら、いっそもう来なくてもいいかと思ったけどね。区切りもつけないで消えるっていうのも、それはそれでつまらないから。はい」
「なんだよ、これ」

差し出された臨也の掌には、コーヒー味のパピコの袋が握られていた。何故このタイミングでパピコを渡されるのか。こいつの行動の意味が分からないなんて珍しいことではないが、こればっかりは検討もつかない。

「やだなあ、餞別だよ。今日でお別れだって分かってるんでしょ?せっかくだったらパピコを見る度に俺との嫌な思い出でも思い出してくれたら面白いなと思って。いくら夜とはいえ、まだ暑いから溶けちゃったかもしれないけどね」

臨也はほんとうに嫌な性格をしている。俺に直接会わなくても俺が臨也のことを思い出すようになんて、最後だってのにそんな嫌がらせを残していくとは。俺が臨也からパピコを受け取ると、臨也は俺に再び背中を向けて右手をひらひらと振った。

「じゃあね、シズちゃん」

あっさりとそう告げた臨也の身体が透けてゆくのが分かった。俺はその背中を見て、堪えきれなくなったなにかを吐き出すように口を開いた。

「なあ!」

俺の呼びかけに顔だけで振り返った臨也に向かって、俺は叫んだ。

「今度は俺がお前のヒーローになってやる!」

臨也は赤い瞳をぱちくりさせると、へにゃりと眉を寄せて笑った。

「ほんと、シズちゃんにはかなわないなあ」

その笑顔が、俺がいままで見た臨也のなかで最も人間らしい表情だった。
次の瞬きを終えたときには、もう臨也の姿はどこにも無かった。俺は臨也の姿を思い出そうとしてみたが、臨也と過ごした日々のことは覚えているのに、あいつの顔だけが、霞がかったようにぼやけて思い出せなかった。
悲しくはない。臨也の言うことが本当なら、この先俺はまたどこかで臨也に出会うのだろう。その時の臨也は俺と同い年で、きっとあの気味の悪い笑みを俺に向けてくることだろう。これが最後ではないんだ、だから悲しくはない。泣いたりもしない。
ただ少しだけ、さみしかった。

*

家に着いたのはあと数分で9時という、俺みたいな小学生がぶらつくにしては遅い時間だった。まだ親は帰宅していないようで、間に合ったことに安堵しながらポケットをさぐる。…おかしい。すぐに指先に触れるはずの鍵が、どんなに深く手をつっこんでも無い。さあっと血の気がひくのが分かった。どこで落とした?公園か、それともカフェ?色々な場所を駆け回りすぎて全く見当がつかない。臨也とのことが解決したと思ったら、こんなところに落とし穴があったとは。
これはもう怒られること覚悟で、もう一度通った場所を探してみるかと道路を駆け出したところで、どん!という衝撃が走った。どうやら人とぶつかったらしい。俺はなんとか転ばずにすんだが、相手は道路に倒れこんだ。ああくそ、やってしまった。ケガはないだろうかとしゃがんで顔を覗き込んだ瞬間、赤い瞳と目があった。

「いざや…?」

忘れていた臨也の顔が、脳内に鮮やかに映しだされた。目の前にいる、俺と同い年くらいの男の子は、あんなひねくれた表情はしていないが、顔のパーツがあいつそっくりだった。
臨也にそっくりなそいつは、俺の言葉に驚いたのかこちらをじっと見つめた。

「きみ、平和島静雄だろ」
「なんで俺の名前…」
「池袋じゃ有名じゃん。化け物みたいな怪力をもった小学生がいるって。大体、それは俺の台詞だよ。別に有名人でもない俺の名前を、どうして君が知ってるのさ」

確かに自分は常人とはかけ離れた怪力を持っているが、まさか他の学校にまでその噂が届いているとは驚きだ。
そして、そいつの言葉を聞く限り、そいつは臨也本人で間違いないらしい。俺は言おうかどうしようかと思ったが、言ったところで信じてもらえるような事柄ではないので口を噤んだ。

「答えられないんだ。…まあいいけど。それよりこれ、きみのものだろ?」

臨也は俺の答えには然程興味がなかったのか、自らその話を終わらせると、右手を差し出して掌を開いてみせた。

「っそれ」
「きみの小学校裏のカフェでの落し物だってさ。ご丁寧にネームプレートまでつけてくれちゃってたから間違えようがなかったよ」

やはりカフェでの話に出てきた小学生というのは臨也で間違いなかったらしい。丁度通りかかった臨也を俺と同じ小学校の生徒だと思って落し物を渡してくれるように頼んだのだろう。臨也の方もたまたま俺のことを知っていたからその話に応じた。そんなところか。

「…届けてくれたのか」
「勘違いしないで。俺はコンビニまで来たついでに寄っただけ。うち、この近くだから」

まさか臨也の家がこの近くにあったとは。
そういえば俺の家は、今通っている小学校の境目にぎりぎり入る位置にたっていたなと思い出す。隣の家に住んでいたなら臨也と同じ学校に通っていたことだろう。

「今からコンビニ?」
「夕飯買いにね。コンビニ弁当は好きじゃないけど、自分で作るほど器用じゃないし」
「母ちゃんは?」
「家は親は共働きだから」

当然のことのように言う臨也を前にして、俺はもし自分がそうだったらと考えてみて、すぐに考えるのをやめた。帰ってきて、母親の出来立てのご飯が待っていないなんて考えたくもない。
臨也は毎日、帰っても出来立ての夕飯を食べることなんて滅多にないのかと思うと、なんともいえない気分になった。そのまま視線を落とすと、自らの左手に握っていたものが視界に入った。

「なんで俺初対面のきみにこんなこと話してんだろ、馬鹿みたい。もう用は済んだから行くよ」
「なあ」
「なに?」
「これ、一緒に食わねえ?」


ノスタルジックサマー

「なにこのパピコ、やわらかっ!溶けてんじゃん、さいあく」
「嫌なら食わなくてもいいけどな」
「うるさい。もう口つけたから食べるよ」
「はい、パピコ食べたから、お前今日から俺の友達な」
「は?意味わかんない」
「俺が今決めた」
「…友達って、具体的になにするの」
「放課後一緒にアイス食う。んで遊ぶ」
「……ふつうだね」
「なんだよ、不満か」
「べつに。しょうがないからそれで手を打ってあげるよシズちゃん」
「シ、」
「しずおだからシズちゃん。いいあだ名だろ、かわいくて」

end
(110723)

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