公園、コンビニ、夏祭りに行った神社、学校の校門。臨也を探し回ったあの日と同じルートを辿る。そうしていれば、臨也に会えるような気がした。確信は何もなかったが、そんな意味のない自信だけは俺の中にあった。足元の影がどんどん長くなるのを見て、俺はそのままある場所へと足を向けた。
臨也が俺に夏祭りの話を持ちかけたあのカフェ。俺はどうにもあのカフェだけが、俺と臨也の記憶のなかで少しだけ浮いているように思えてならなかった。俺みたいなガキをわざわざカフェに連れて行く必要があったか?ただの氷の塊と言っても過言ではない、少し高めのかき氷を奢る必要があったか?公園でアイスを食べながら、夏祭りの話を持ち出すというのはおかしなことだっただろうか?答えはノーだ。
あの日臨也はきっと、あのカフェに行きたかったんだと思う。俺を連れて行ったのは単なる口実みたいなもので、もしかしたら話にちらっと出た優しげなおばあさんに会いたかったのかもしれない。それは俺の推測と言ってしまえば確かにそれだけなんだけど、俺はどうにもそんな気がしてならなかった。

"close"。小洒落た板をドアノブにぶら下げて、木製の建物は建っていた。あの日風に揺れていた氷と書かれた布や、涼しげな音を奏でていた風鈴は姿を消していた。そうしてようやく、俺は今日が八月二十日であったことを思い出した。
そうだ、八月二十日に閉店すると、そう張り紙がしてあったじゃないか。それが今日だ。きっともう閉店してしまったに違いない。俺が自分の決心の遅さを恨みながら、来た道を振り返ると、見覚えのある顔が視界に入った。といっても一度した見たことはなかったのだが。

「あの、」

気付いたときには俺の口は勝手に動き出していた。

*

「覚えてるわよ。夏だっていうのに、お兄さん暑そうなコート羽織ってたから。あれ暑くないの?」
「さあ…」

あの日俺たちに注文をとりに来た店員のお姉さんは、あの日と同じ笑顔で俺を快く迎え入れてくれた。向かい合うように座ったテーブルは、あの日俺と臨也が座った場所だ。
俺が話し始めようとすると、お姉さんは「ちょっと待って」と言ってから、お盆にのせたオレンジジュースを持ってきてくれた。

「あの、おれ今日お金もってなくて」
「いいわよそんなの。もうここも終わりだし、最後に君みたいな子が来てくれて嬉しいな。今日はお兄さんは一緒じゃないんだね」
「…えっと、今日は聞きたいことがあって…。その、ここってちょっと前まではよくおばあさんが…」
「ああ、祖母のこと?」
「祖母?」
「ええ。うーんとね、ここは私と母、二人でやってるカフェなの。だいぶこぢんまりしてるでしょ?祖母は実際このお店のために何かをしていたってわけじゃないんだけど、そこの席に座って外を眺めてるのが好きだったの」

お姉さんの指の先には、あの日臨也が指差したのと同じ椅子があった。

「じゃあ、祖母が言ってた男の子って、君のことだったのかなあ」
「え?」
「よく祖母が言ってたのよ。いつも祖母がいる時間に、ランドセルの男の子が店の前を通るんだ、って。私たちはちょうどその時間って忙しくて、あんまり外のことは気にしてる余裕が無かったからよく知らないんだけどね」
「…それって」
「あれ、違った?」

俺の脳裏に一人だけ、男の姿が思い浮かんだ。でも、あいつは子供じゃない。あいつが何歳なのかなんて知らないけど、ランドセルなんてものを背負う年齢では絶対ない。それなのに、俺にはどうにもその子供というのが臨也に思えて仕方がなかった。
俺はそんな馬鹿馬鹿しい考えを振り払うために、何かその場をつなぐように言葉を探した。

「ほんとうはもっとはやく来るつもりで…、この間来たとき、もうすぐここやめちゃうって聞いてたから」
「え、それ本当?誰に聞いたの?」
「え、えっと」
「おっかしいなあ…あのときはまだ全然、そんな話出てなかったのに」

瞬間、俺の時間が止まった気がした。

「あれからちょっと経ってから急に祖母の具合が悪くなってね、それをきっかけに止めることになったんだ」

まるでどこか遠くから聞こえているようなお姉さんの言葉は、もう俺の耳には入ってこなかった。脳内で、与えられたピースが組み合わさってゆく。臨也に感じていた違和感が次々と消えてゆく。いくら俺が馬鹿だからって、現実に起こることと絵本の中のファンタジーくらい区別はつく。それでも、俺にはその答えしか見つけられなかった。
もしかしたら単に俺が目も当てられないような馬鹿で、脳内がショートして変な妄想話を作り出してしまったのかもしれない。でも、もうそれでもいい。俺は自分の中にようやく表れた答えを信じる。

がたっと音をたて、突然立ち上がった俺を見て、お姉さんは驚いた顔をした。俺はそんなことはもう気にも留めずに、氷が溶けたことで大分薄まったオレンジジュースを一気に飲み干した。そのまま外へ向かって駆け出す。カラン!という音と共にドアを開け、俺は店内を振り返って言った。

「あのさ、っありがと!!」
「あっ、うん。もう遅いから気を付けて帰ってねー」

臨也がどこにいるのか、それに関してのヒントは何も得られなかった。かわりに俺は臨也本人について、とても重要でそれでいて嘘八百のような情報を手に入れた。そして俺は自分で出した答えを信じると決めた。後は臨也を見つけるだけだ。
見つけてこの答えを告げたらどうなるかなんて分からなかったが、今の俺に出来るのはそのくらいだった。そのためにも早く臨也を見つけなければ。逸る心を抑えながら、俺は来た道を駆け出した。

(110718)

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