ゆき←つる
幼少時代

じんたんの視線の先にはいつも、澄んだ笑顔で笑うめんまがいた。それはゆきあつも同じことで、ほかに二人も女の子がいるのに視線を独占するなんて、めんまはずるく、しかしそれは当然のことだった。さらさらの長い髪をなびかせて可愛らしく笑うめんま。いつだって笑顔でいるくせに、すぐに泣くめんま。泣き虫めんま。めんまは私には手の届かない存在だった。だからゆきあつがめんまのことを好きなんだって知ったとき、不思議と大きなショックは受けなかった。ああやっぱり、めんまのことが好きなんだなあ、って。それだけ。小学生にしては随分ませているというか、変に落ち着いていたなあと自分のことながらに思う。

 ゆきあつのことが好き。でも、ゆきあつはめんまのことが好き。じんたんもめんまのことが好き。じゃあ、めんまは?
私の中には確信はなくても、可能性は高いと思える答えがあった。きっとめんまは、じんたんのことが好きだ。めんまがじんたんとくっついてくれたら、ゆきあつはめんまを諦めるしかない。めんまへの恋心は諦め切れないとしても、ゆきあつが一生私のことを好きになってくれなくてもいい。そうしたら、私がめんまの代わりになれる。ゆきあつの一番近くにいられる。ゆきあつの隣を歩ける。
それだけで十分だと、思った。

いつものように、じんたんに呼び出されて秘密基地へ向かうと、そこにはまだゆきあつ一人の姿しかなかった。じんたんがまだ来てないなんて珍しい。純粋にそう思ってから、私はふと気が付いた。もしかしたら今はチャンスなのではないだろうか。ゆきあつと二人きり。二人きり、だ。

「ねえ、じんたんは?まだ来てないの?」
「さっきまでここに居たんだけど、忘れ物したとかで家まで取りに行ってる」
「ふーん…」

あれ、おかしいな。いつもだったら何の気なしに話せるのに、二人きりとか、変に意識をしてしまったらなんだか。むむ、こんなのは私じゃない。意識して話しかけられないなんて、これじゃあまるであなるじゃない。

「この間のカブトムシとり合戦、惜しかったね。ゆきあつ二番目に大きかったのに」
「あんなの、負けたらおんなじだよ。めんまもじんたんのこと、褒めてただろ。一番じゃなきゃ意味ないんだよ」

ほらまためんまだ。ゆきあつ、分かりやすすぎ。そして私も。皆じんたんのことしか見てなかったけど、私は見てたよ。ちゃんと、ゆきあつを見てたよ。
そんなこと言えないくせに、馬鹿みたい。

「…つるこ?」
「…ねえゆきあつ。あの、」
「ごめん、遅れた!…ってあれ?二人だけ?」
「お、あなるが三番か」
「なんだビリだと思ったのに。じんたんは?遅いなんてめずらし…」
「忘れ物とりに帰ったんだよ。な、つるこ」
「あ、うん。私もさっき聞いたんだけど」
「そっか、じゃあもうすぐ戻ってくるかもね」

あなるが会話に加わったことで、私の発言は不発に終わった。でもこれで良かったのかもしれない。そもそも私はゆきあつになんて言うつもりだったんだろう。告白なんて、出来るわけないのに。

「私、ちょっと見てくるね」
「えっ、ならあたしも…」
「あなるは来たばっかりでしょ。そこにお茶あるから飲んでて」
「じゃあ…ありがとうつるこ」

暑い日差しが直接肌にあたってじりじりと痛い。私は基本的にあまり焼けずに赤くなるタイプだから、後になってひりひりするのを避けるためにちゃんと日焼け止めを塗ってはいるけれど、やっぱりこんなに日差しが強いと汗で日焼け止めなんて流れてしまいそうだ。きっとめんまの方が真っ赤になるタイプなんだろうけど。だってめんまの肌は透き通るみたいに白いんだ。私がもっとめんまみたいに可愛かったら。めんまみたいになれたら。そんな風に思うことは勿論あるけれど、でもやっぱりどこかでそんなのは無理だって分かってる。頑張ったって届かないところにめんまはいる。しょうがないんだ。めんま相手じゃ勝ち目なんてないんだから。太陽から目を守るように左手をを額にあてながら、来た道を戻るように進む。下り坂を見下ろしてみたけれど、まだ皆の姿は見えなかった。皆一体何をしているんだろ、待ってる間にこの暑さで溶けちゃうよ、と脳内で不満をこぼしながら秘密基地まで戻った。入口にたどり着く前に中から二人の会話が聞こえ、私は意味もなく立ち止まってしまった。そしてそれをすぐに後悔した。

「お前、なんだよそのリボン」
「いっいいでしょ別に!たまにはこういうのもいいかなって…」
「なんかそれ、めんまに似合いそうだな」
「っ…、そんなの、知ってる」
「…ごめん、今のわざと」
「…っなによ!ゆきあつのバカ!!あんただってほんとは、」
「…なんだよ、言えよ」
「……なんでもない!」

喧嘩口調のゆきあつとあなる。もしここにめんまがいたら、「二人ともけんかはだめだよ!!仲良くしなさーいっ!」とか言うんだろうな。喧嘩なんていいものじゃない。でも私にはそんな風に話すゆきあつとあなるが、羨ましかった。あなるを今まで羨ましく思ったことなんて無かったのに、そんな会話ひとつで、喧嘩腰の二人の会話ひとつで私は。
あなるのことが、急に羨ましくなった。
ゆきあつと喧嘩がしたいわけじゃない。ただ、きっとふたりの間には、相手も自分と同じ状況で、同じ感情を抱いているという共通の意識があったのだろう。
もしめんまがじんたんとくっ付いたら、ゆきあつの傍には私がいられる。ゆきあつが私のことなんて見てくれなくてもいいから、隣にいたい。そう望んできたのに、私の願いは脆く崩れてしまうかのように思えた。めんまの代わりになれるのは、私じゃなくてあなる。私はめんまの代わりにすらなれない。そんな事実を認めたくなくて、わたしは、

「つるこ?」

突然背後から聞こえた声をきっかけに、固まっていた身体がようやく動いた。振り向くと視界には額の汗を掌で拭うじんたんと、長い髪を靡かせながらはあはあと息をととのえるめんまが立っていた。
じんたんの声が聞こえたからか、ゆきあつとあなるの会話は止まり、二人はぱたぱたと音を立てながら外へと出てきた。

「じんたんおっそー…い」

不満げに、でもどこか嬉しそうなあなるの口から出た言葉は、後ろに行くにつれ勢いを失っていった。

「っわりぃ遅れた!」
「めんまもおくれたーー!ごめんなさい!」

右手の指をまっすぐにたて、ごめんのポーズをつくりながら謝るじんたんの隣で、それを見ためんまも同じようにして謝った。
ゆきあつの顔がほんの少しだけ強張ったのを私は見逃さなかった。

「二人一緒に来たんだね」
「じんたん、忘れ物とりに行ったんじゃなかったの」
「あー、それがさ、忘れものとりに行ったついでにめんまん家の前まで行ったら、窓からめんまが手振って来てさー」
「じんたんすぐ行くから待っててー!一緒いこう!!って無理やり引き留めたの。だから、じんたん悪くないよ!怒らないで!」
「いつも怒ってないでしょー?」
「つーかぽっぽまだ?流石にもう全員いると思ったぜ」
「じんたーん!みんなー!ごめん遅れたーぁ!」
「ぽっぽー!!おっせえぞー!」
「そういうじんたんもまだ着いたばっかりだから焦らなくて大丈夫だよー!」
「おいめんま!さっき俺は悪くないって言ってただろ!」
「それとこれとは別だよぉじんたん!」

じゃれ合うかのような二人を前にしても、私は素直に喜ぶことが出来なかった。じんたんとめんまがくっ付いたって、ゆきあつの隣にいられるのは私じゃないんだって、気付いてしまったから。

「じゃあ全員揃ったし、今日も活動開始するか!」
「おー!!」
「超平和バスターズ、しゅつどう!」
「あーっおいめんま!それ俺のセリフだぞ!!」
「おーっめんまかっけー!」
「ちょっぽっぽ!先行くなよ!!」

到着したのはビリのくせに、一番に飛び出していくぽっぽ。それをじんたんが追いかける。

「あっ待ってよじんたーん!」
「めんま、行こう」
「うん!ほら、つるこも!」

それにあなるが続き、ゆきあつとめんまも走り出す。私だけが変に動けないままだ。
私がついてこないことを不思議に思っためんまは、こちらを振り向いて手を差し伸べた。

「つるこ?どうかしたの?じんたんたちに置いてかれちゃうよ!」
「ううん、なんでもない。そうね、行こう!」

まぶしいめんまの笑顔の前で、私は笑ってめんまの手を取った。
ゆきあつにはずっとめんまを見ていてほしい。めんま以外は見ないで欲しい。
これからもずっとこのままで、この距離感を保ったまま大人になりたい。

じりじりと照りつける日差しの中を走り抜ける。うるさい蝉の鳴き声とともに、嗅ぎなれた夏のにおいがした。

―――
タイトル→ギルティ
(110717)

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