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バレンタイン


町に赤色が溢れて、視界のどこかに必ずと言っていいほどハートが入る
そんな2月
まだ十日間近くあるというのにもかかわらず、気の早い、イベント好きな性質だからか、もうバレンタインのムードが町全体に色濃く表れている

ここ、ポケモンジャーの事務所もそうだ
ポトフと真見ゆは早くも手作りチョコレートの本を買ってきて、きゃっきゃきゃっきゃとはしゃいでいる
どれがいいかな〜なんて、どうせ友チョコか義理チョコしか作らない恋愛砂漠真っ只中な2人なくせに、テンションだけは彼氏持ちに負けていない
まあ、こんなこと言ったら2人に絞められるので口が裂けても言えないけど・・・
特に真見ゆは相性が悪いので、絶対に逆らえない・・・
真見ゆが自ら進んで乱暴なことをすることはまずないが、ポトフに言われればしないこともないので、やはり二人には逆らえない


そんなことを考えながら出かける支度をしていると、2人に声をかけられた
ぶっちゃけるなら、心臓が止まるんじゃないかと思うくらいに焦った
考えていたことが考えていたことなだけに、逃げ出したい

「あじさい〜、どのチョコが一番もらってうれしい?」

しかし、要件は全く違うことのようだ・・ほ
ポトフの開いているページには

“簡単おいしい、チョコレート〜これで彼のハートも鷲掴み!〜”

と書いてあり、様々なおいしそうなチョコレートが載っていた
その中に、可愛らしいチョコレートのクッキーがあった
ふと、前に遠出したとき食べたクッキーを思い出した
クッキーをくれた彼女のことも・・・

「…好きな人にもらえたらどれでも嬉しいんじゃないの」

「そんなもんなのかー・・ふーん、ありがと」

そういうと、ポトフはロビーのソファ―を占領して、本を読み始めた

「紫陽花さんは好きな人が居らっしゃいますの?」

急に横から真見ゆが覗き込んできた

「顔が真っ赤ですわ」

にっこりほほ笑む真見ゆの言葉に、バッと腕で顔を隠す

「べ、別にすきとかじゃないよっ」

それだけ言うと、紫陽花は準備の済んだ鞄を持って、外へ出た



「ありゃ?紫陽花どこ行ったの?」

外は雪がちらちらと降っていて、外に出るには向いていないような日だ
ポトフはドアの開いたすきに入ってきた冷気で少し身を縮こまらせて言った

「さあ、どこでしょうね」

真見ゆは窓から、外を走っていく紫陽花を見て、クスッと微笑んだ



―――――――



これだけ寒い日が続くと、この森の中にあるペンションを訪れる人は少なく、ベルの音が鳴った時、ティービアは少し驚いた

(こんな寒い日に誰かしら・・?)

扉の方まで行き戸を開けると、ついこの間会ってから、ちょこちょこ遊びに来るようになった紫陽花ちゃん・・・いや、紫陽花くんだった

「こんにちは、ティービアさん」

紫陽花は帽子をとると、ぺこりと頭を下げた
ティービアは優しく微笑むと、紫陽花を温かい室内に招き入れた



「ごめんなさいね、今日はシキくんもロクくんも来ていなくて・・・、あとケセラちゃんも町まで買い出しに行ってるから・・・」

温かい飲み物を紫陽花に出しながら、ティービアは申し訳なさそうに言った
紫陽花は手を顔の前でぶんぶん振って、こちらこそ急にきてすみません、と謝った

「・・それで、今日は急にどうしたの?」

ティービアは手先を自分の分のティーカップに添え、温めながら聞いた
すると紫陽花は、下を向いて、頬をかきながら、もごもごと言った

「・・・ぃ、いやさ・・なんか急に来たくなって」

そう、とティービアが優しく答えると、紫陽花は少しほっとして、余計な力が抜けていく感じがした

(・・・やっぱり、ティービアさんのそばは落ち着くな)


「あのさ・・」

と今度は紫陽花から切り出してみる
ティービアは、ん?と優しい声で聴き返した

「チョコとか・・・買ってたりする?・・・・ケセラ」

最後の方は音と言えるのかわからないくらいに、無音に近いものだった
しかし、ティービアは何となく察して、ふふっとほほ笑んだ
紫陽花は答えを求めるように、恐る恐るティービアの方を見ている

「さあ、どうかしら」

と曖昧に答えると、紫陽花は残念なような安心したようなどっちともいえない顔をした
少しティービアは好奇心をくすぐられた

「ケセラちゃんのこと、気になるの?」

そう聞くと、紫陽花はすぐに顔を真っ赤にして、ぷいっと俯いた

「・・・、別に・・気にしてるわけじゃ・・ないけど」

真っ赤な顔でぼそぼそと呟く紫陽花を前にして、ちょっと問い詰めてみたくなったティービアであったが、幸か不幸か、突然のお客さんに断念した


「「コンニチワ―!!」」

言うと同時に、ペンションに入ってきた、いわばお得意様の二人は、室内にいる紫陽花を見て寄ってきた

「アジサイダ!」
「ヒサシブリ!」
「ヒサシブリ?」

まあいいやっとなって、二人は紫陽花を囲むとアソボッアソボッとくるくる回りだした

「あ、うん、遊ぼうか・・・じゃあティービアさんちょっと遊んできますね」

紫陽花は早口でそう告げると、シキくんロクくんと共にいそいそと雪の降る外へと出て行った



―――――――



赤やピンクのハートで埋め尽くされた街中を、買い出しを終えたケセラは少し早足で歩く
外は雪もちらついていて寒く、時折強い風も吹いている

(…雪なんて降らなくていいのに)

あまりの寒さにマフラーを口元まであげる

ビュッといきなりの突風に帽子が少し後ろに飛ばされ真っ白な雪の上に落ちる
ケセラは帽子の落ちた所まで拾いに戻る


“チョコレート販売中”


ちょうど帽子の飛ばされた横にあったお店の看板にそんな文字
看板の隅には女の子が男の子に可愛らしくラッピングされたチョコレートを渡している絵

(…そういえば、もうすぐバレンタインだっけ)

そんなことを思いながら看板を見つめる
そっと身に着けているマフラーに手を添える

(男の子…か…)


すると、お店の扉が急に開き、優しそうな年配の女性が出てきた

「お嬢さん、外は寒いでしょう…中に入ってご覧になられませんか?」

にっこりと優しそうな雰囲気のその女性と店の中の暖気に誘われて、ケセラはお店の中に入った



―――――――



雪の中でする遊びの定番雪合戦

紫陽花にシキロクは、白熱した雪合戦を繰り広げていた

勿論、シキくんとロクくんVS紫陽花な訳だが、シキロクコンビは抜群のコンビネーションで紫陽花を攻める、しかし紫陽花も紫陽花で軽やかな身のこなしでシキロクコンビの猛攻をかわす
お互いに本気のやり合いで、雪の降るような寒い外であるのにも関わらず、三人は暖かそう、いや寧ろ暑そうだ



「「コレヲクラエッ」」

シキロクは見事な時間差をおいて雪玉を紫陽花目掛けて投げる

紫陽花はそれを左右にかわす
余裕の表情

「まだまだだね、そんなの当たんないよ」

ぷぅと頬を膨らますシキロク

そのとき、シキロクとは別の方向から雪玉が紫陽花の顔面目掛けて飛んできた

バシャリッ

と、それは油断していた紫陽花の顔にクリーンヒット
シキロクは雪玉の飛んできた方を振り返る

「「ケセラダー!!!」」

そこには、2つの買い物袋を持ったケセラが居た
いや、正確には買い物袋は雪の上に置いてある

ケセラは雪の付いた手袋をパンパンとはたく


ヤッター、イエーイ、と手を掲げてシキロクはケセラのもとに駆けていく
そして三人でハイタッチ


「ちょっと、何すんのさ!」

紫陽花はガバッと起き上がるとケセラに言った

「なんだか、その間抜けな顔を見ていたらつい」

そういうとケセラは買い物袋を持ちペンションに向かう


「間抜け面ってひどくない!?」


紫陽花はケセラの横にいくと、買い物袋をケセラからとった

その拍子にチョコレートが袋からこぼれ落ちる



「チョコレートダー!!!」
「ケセラ、タベテモイイ?」

シキロクは落ちたチョコレートを素早く拾い上げると言った


ケセラは立ち止まって振り返る

「バレンタインに使うからダメ、今日のおやつはマフィンだよ」

ハーイと言って大人しくチョコレートを袋に戻すと2人はマフィンを食べるべく、急いでペンションに戻っていった







「日頃お世話になっている方にチョコレートをあげるのが、バレンタインの習わしだそうです」

ちらっと、紫陽花の方を見上げる

「お世話になった覚えはありませんけど…」





チョコレートを見た瞬間から、少しずつ、少しずつ、膨らんでいた紫陽花の期待







「チョコレートいりますか?」

それははじけて、辺りにピンクや赤のハートを散らした

いつもは薄暗い、この森なのに
今は、真っ白な雪景色に、ふわふわと辺りに浮かんでいるたくさんのハートで、街にも負けないくらいの華やかさだ



紫陽花はごくりとハートを飲み込んで



「甘い物は大好きです!」


とだけ言った
それだけ言うので精一杯だった…
とも言える



バレンタイン当日まであと十日間くらい
その間は紫陽花の足が地に着くことはなさそうである




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