赤や黒の着物を纏って泳ぐ姿のなんと美しいことか。
柄にもない考えにギン千代の口角が自然と上がる。
少しずつ柔らかくなった陽の光に照らされて、
右へ左へ揺蕩うそれを、飽きること無く眺めてどれくらい経っただろうか……。
「何を見ているんだ?」
背後からかけられた声に、ギン千代の肩はびくりと跳ねる。
不機嫌を隠そうとせず振り返れば、
そこには彼女とは対称的な笑みを浮かべた宗茂の姿があった。
桃の花を手にした彼は、機嫌のいい笑みを浮かべたままギン千代に近づき、
彼女の横に並んだ。
「いつから居たのだ」
「半刻ほど前からかな。ギン千代の横顔が美しくて、つい見惚れていた」
あっけらかんと言い放った彼の言葉にギン千代の頬はカァっと熱くなる。
宗茂の軽口はいつものことで、昔からの変わらない。
照れ隠しにつっけんどんな言葉を紡ぎだすギン千代は、
その仕草が、声色が、頬が、宗茂を楽しませていることに気づいていない。
とはいっても、宗茂としてはその言葉は本心そのものなのだが……。
「だいぶ冷えているな」
宗茂がそっと手をギン千代の手をとり、耳元で囁やけば、
小さな悲鳴と共に勢い良く手を振り払われる。
片手で耳を押さえ、真っ赤に染まった頬に、
わずかに潤んだ瞳で精一杯睨みつけてくる姿に、良い眺めだなと宗茂は思わず呟いた。
その声はギン千代にも届いたようで、勢い良く飛んでくる拳を軽々と受け流しつつ、
柔らかな体を引き寄れば、再び聞こえてくる小さな悲鳴と抗議の声。
「ギン千代は暖かいな」
「ふざけるな、離せ……!」
じたばたともがくギン千代を腕の中に閉じこめたまま、
宗茂は目線を落とし、宗茂は感嘆のため息をついた。
「これは、ギン千代が長時間眺めているのもわかるな」
小さいながらに優雅さと愛らしさを備えたそれは、
穏やかな日差しに照らされ、きらきらと輝きながら水中を泳ぎまわっている。
鯉のような荘厳さはないものの、眺めていると自然と穏やかなきもちになっていく。
その名は一体……。
「金魚というらしい」
心を読んだように、ギン千代が疑問の答えを呟いた。
可愛らしいだろう?と腕の中に収まったまま、自分を見上げてくるギン千代に、
思わず笑みが漏れる。
「ああ、可愛らしいな」
そう呟いて、ゆっくりとギン千代に口づけた。
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