(1122/立花夫婦)

ゆさゆさと心地良い揺れを体に感じて、
わずかに浮上した意識を聞き慣れた声が完全に救いあげた。
「起きたか」
差し込む日差しに数回まばたきをすることで目を慣らし、
宗茂はゆるりと起き上がる。
「おはよう、ギン千代」
「ああ、おはよう」
いつもと打って変わった穏やかな声に違和感を覚えたが、
それはすぐに漂ってくる朝食の匂いにかき消された。
素早く着替えをすませ、宗茂がリビングへ向かえば、
テーブルの上にはなんとも食欲をそそる料理が並べられている。
よく見れば自分の好物ばかり。
いつもより少し機嫌が良さそうな妻の様子に、
宗茂は首をかしげた。
昨晩は少々張り切りすぎたゆえに、
今朝は機嫌が悪いだろうと踏んでいたが……。
今日は何かあっただろうか。
「宗茂、はやく済ませねば遅刻するぞ?」
思わず考え込むが、向かいに座ったギン千代の声に引き戻され、
目の前に置かれた鮭の照り焼きに箸をつけた。
その後食事を終えて、
会社へ向かおうとした宗茂を引き止めたギン千代は、
俯き気味で表情は伺えないが、ほのかに頬が赤い。
「ギン千代?」
「き、今日は遅くなるのか?夕飯は?リクエストがあれば聞いてやる!」
宗茂が顔を覗きこもうとした瞬間、
ガバッと顔をあげギン千代は畳み掛けるように質問を重ねる。
「は……?」
「いいから答えろ!馬鹿者!」
胸ぐらを掴みかねない勢いで、睨みつけてくるが、
染まった頬のせいで全く威力がない。
緩んだ口元そのままで、宗茂はギン千代の頬に口付けていう。
「ギン千代が寂しがると困るからな。
今日はできるだけ帰ってくる。夕飯は、そうだな……洋食が食べたいな」
「だ、誰が寂しがるか……!貴様など、さっさと行ってしまえ!!」
引き止めたのは自分なのに、
照れ隠しに冷たいことを言うギン千代に、今度は唇にくちづけて。
真っ赤な顔で今度こそ怒鳴られる前に行ってきますとだけ行って、
宗茂は家を出るのだった。
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