ある日立花家に珍しい客人が訪れていた。
井伊直虎である。
二ヶ月ほど前直虎は、
手のひらに乗るほど小さな子猫を拾ったものの、
家訓のために飼えずに困っていた。
そこで、猫好きなギン千代がその子猫を引き取ったのだった。
今回は引き取った子猫の様子を見たいと言った直虎を、
ギン千代が家に招いたのだ。
「お久しぶりです、ギン千代さん」
「ああ、元気だったか?」
「はい!」
他愛のない会話を交わしながら、
二人は猫のいる部屋へ向かう。
部屋では、二匹の猫が仲良く戯れていた。
栗毛の猫と、虎模様の猫だ。
「虎助、直虎殿だ。覚えているか?」
虎助と呼ばれた虎模様の猫は、
まっすぐに直虎へ向かうと、その足に擦り寄った。
その仕草に、覚えていてくれたんですねと、
直虎がうれしそうにつぶやいた。
虎助の名はその体の模様に因んで、
直虎がつけた名前だ。
「虎助は千熊とも仲が良くてな。手もかからず、良い奴だ」
そう自慢げに言うギン千代。
自分の名前が上がったことで、
ゆったりとした動きで栗毛の猫がギン千代に近づいた。
「その子が、千熊……ですか?」
虎助を撫でながら直虎が問うと、
ギン千代は千熊を抱き上げてフッと微笑んで答えた。
「そうだ。昔迷い込んできた猫でな……
もうだいぶ年をとったが、良く虎助の面倒をみている」
喉元を撫でてやれば、千熊がゴロゴロと喉を鳴らす。
かつて彼女と宗茂の間にあった蟠りを、
小さな体一つで取り去ってしまった。
それからずっと可愛がってきたのだ。
「ギン千代さんは猫が好きなんですね」
「な……!違うぞ?!私はただ……!!」
にこやかな笑みを向ける直虎の言葉を、
ギン千代は慌てて否定する。
猫好きを認めることは、彼女の矜持が許さなかった。
そんなギン千代の様子に、直虎は笑みを深める。
「あれ?でもなんで千熊……なんですか?猫……なのに」
ふと浮かんだ疑問を直虎が口にすれば、
ギン千代はすこし困ったように笑った。
「それは……虎助も同じではないか?」
「はう……そうでした。で、でも虎助は、
体の模様が虎さんみたいで……!」
ギン千代の指摘に、必死になる直虎が面白くて、
ギン千代は笑った。
笑われたことで直虎は頬を染め、しゅんと項垂れる。
- 1/3 -



しおりを挟む

back

×