彼女は昔から、お淑やかという言葉とは程遠い女の子で、
同年代の女の子よりずっと行動的だった。
おしゃれよりも体を動かすことが好きで、
剣術の稽古には何よりも力を注いでいた。
今と違うのは、昔ほど感情を表に出さなくなったこと。
よく笑って、泣いて、怒って。
「ああ、怒りは今もよく表に出てくるな」
そう一人ごちて、口角を僅かに上げた男。
縁側に一人佇み、月を肴に晩酌と決め込んでいる。
今宵の満月は美しく、酒の味をより引き立てていた。
「そこで何をしている」
不意に背後から聞き慣れた声がかかった。




奴は何時からか、貼りつけた笑顔しか浮かべなくなった。
昔はもっと屈託なく笑っていのに。
自分よりも二つ年上のくせに、
甘えたなところがあって、女々しくて。
剣術だって、昔は自分のほうが強かった。
今は、敵わなくなってしまったが……。
「そこで何をしている」
縁側に佇み酒を呑む男に、ギン千代は声をかけた。
今や自分より強く、何でもそつなくこなす男は、
やはり貼りつけた笑顔で振り返った。
「ギン千代か。一緒に呑まないか?」
そう言って宗茂はギン千代に猪口を渡す。
それを無言で受け取った彼女は、
宗茂の横にドカっと腰を下ろした。
飄々として、風の様に掴みどころの無いところが、
ギン千代は苦手だった。
こちらのすべてを見透かされているようで、
そのくせ自分のことは決して見せない。
昔はこんなではなかった。
今はまるで見えない壁が二人の間に存在しているように、
二人が纏う雰囲気はどこかぎこちない。
「なんだ、呑まないのか?」
相変わらず貼り付けた笑みで尋ねてくる宗茂に、
ギン千代は耐え切れず叫んだ。
「なぜ貴様は……!
いつも貼りつけたような笑顔しかしないのだ!」
立ち上がり、苛立ちのままにギン千代は、
持っていた猪口を地面に叩きつけた。
ガシャンと猪口が割れる音が月夜に響く。
怒りで肩を震わすギン千代に、
宗茂はあっけからんと言い放った。
「癇癪持ちな所は変わっていないな」
その言葉に思わずギン千代は拳を振り上げる。
しかしそれは振り下ろされることなく、
元の位置にもどった。
「もう……知らぬ!!」
吐き捨てる様にいって、
ギン千代は宗茂に背を向け、足早に去っていった。
「お前は、笑わなくなったな」
宗茂は見えなくなった彼女の背にむけ、小さくつぶやくと、
割れた猪口を拾い自分の部屋へ戻った。




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