「子供が、できた……」
目の前で、恥じらいを顔ににじませた恋人の言葉に、
普段憎らしいほど笑みをくずさない男の思考は
一瞬にして氷ついた。



―遡ること数時間前。
諸用で街に出ていた宗茂の携帯に一通のメールが届いた。
送り主は同棲中の恋人、ギン千代。
メールや電話でのやり取り自体は普段からよくしていたが、
それは大抵宗茂からで、彼女からというのは滅多にない。
『話がある。
すぐに帰ってこれるか?』
簡潔な文章に彼女らしさを感じ、
口元が緩むのを宗茂は感じていた。
すぐ帰りたかったか、
まだ用がすんでいなかったためそれはかなわない。
『出来るだけ早く帰るから待っていてくれ』
こちらも簡潔に返信し、
さっさと用を済ませて帰ろうと、
宗茂は歩くペースを上げた。


さっさと済ませるつもりが、
そう思う時ほどトラブルは重なるもので、
すべてを終わらせて宗茂が家に戻ったのは、
14時を回っていた。
「遅い!」
帰宅直後浴びせられた言葉に、
宗茂は苦笑する。
「悪かった、ちょっとな……」
「まぁよい……それよりこっちに座れ」
どことなく緊張した面持ちで、
ギン千代は宗茂を促した。
机を挟んで向かい合ったソファに座る。
「どうしたんだ?お前らしくもない」
座ったままもじもじと俯き
なかなか話そうとしないギン千代。
そんな彼女に宗茂が声をかけると、
ギン千代はぽつりぽつりと話しだした。
「その、だな……」
頬をわずかに染め言いよどむギン千代を急かすことなく、
宗茂は整った笑みを浮かべながら言葉の続きをまつ。
「子供が、できた……」
恥じらいながらも、意を決した用に紡がれたギン千代の言葉は
宗茂の笑みを引きつらせ、
思考を停止させるには十分すぎる威力だった。
「なんて……冗談だ、宗茂。……宗茂?」
完全に思考を停止させた宗茂に、
冗談といったギン千代の言葉は聞こえてはいなかった。
微動だにせず固まったままの宗茂に、
ギン千代はやりすぎたと、僅かに後悔した。
今日は4月1日。世間ではエイプリルフールと呼ばれ、
嘘をついても良いとされる日だである。
毎年毎年宗茂の嘘に騙され驚かされ、屈辱を感じていたギン千代は
今年こそはと、近所に住む少女
―といってもギン千代より年上である―
ガラシャに相談を持ちかけた。
いつまでも無邪気な少女は
こういったイベントが大好きである。
ギン千代の相談にも、嬉々としてのった。
そんなガラシャが提案した嘘が
「子供ができたとつげること」だった。
はじめこそやりすぎではと思っていたギン千代だが、
ガラシャの一言でその案を採用することに決めた。
「この嘘なら絶対に宗茂殿を騙し驚かせることが出来るのじゃ!
普段は見れぬ表情が見れぬかもしれぬぞ?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべ言う彼女に、
ギン千代は見事籠絡されたのだ。
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