少しからかい過ぎたか。
走り去るギン千代の背を見つめながら小さくつぶやくと、
地面に落ちたブーケを拾い上げ、軽く形を整える。
美しく咲き誇っているが、小ぶりな薔薇で作られたそれは
やはりギン千代には似合わない。
彼女にはもっと大きなの花が似合うだろう。
ふっと笑みをこぼし、彼女が走り去った方向へゆっくりと歩き出す。
どうせ帰る家は同じなのだ。



玄関を開くと、明かりがついておらず薄暗かった。
予想していた通りの状況に笑みが溢れる。
大方寝室にでも篭っているのだろうと、足を向ける。
「ギン千代、居るか?」
ノックとともに声をかけてみるが、返事がない。
コレはそうとう拗ねているな……。
苦笑を漏らしながらノブに手をかけ、
開けようと力を込めた瞬間、
ガタンと音がして扉が重くなった。
どうやら体重をかけて塞いでいるようだ。
「開けてくれないか」
「断る」
すぐさま返ってきた返事に苦笑を浮かべながら、
もう一度問いかける。
答えは同じだったが……。
「まぁそう怒るな」
「うるさい」
「入れてくれないか」
「嫌だ」
小一時間平行線のままのやりとりに、
お互い疲労の色が浮かび始めた頃、
漸くギン千代が折れ、
バツの悪そうな顔で扉を開け宗茂を招き入れた。
こういった時には大体いつもギン千代が折れるのだ。
「やっと顔がみれたな」
微笑みながら言えば、ギン千代は僅かに頬を赤くして、
決まりが悪そうに俯いた。
拗ねるギン千代を包み込むように抱きしめれば、
更に顔を赤くして抵抗する。
「貴様!何をするのだ!!」
言うが否や振り上げられたギン千代の腕を軽く捉えれば、
今度は蹴りが飛んでくる。
それも捉えれば悔しそうな顔で、反対の手を振り上げる彼女に、
苦笑しながらその腕も捉えて両腕をまとめあげ、
そのまま彼女を壁に押し付け足技も封じた。
「このっ離せ……!」
「何をそんなに怒っている?」
「貴様が……!」
問えばギン千代は言いかけて口をつぐんだ。
まとめあげていた手を開放し、引き寄せると、
今度はおとなしく腕の中に収まった。
「ブーケが似合わないといったことを怒ってるのか?」
疑問として投げかけつつも、宗茂の胸には確信があり、
それを裏付けるようにギン千代の眉間に刻まれたシワが深くなった。
男勝りな性格とは裏腹に可愛いものが好きなギン千代。
―ああ、可愛いらしいな
「ギン千代には小さな花ではなく、大輪の花のほうが似合う」
「どういう意味だ?」
「ギン千代は凛々しいからな」
そう言うとギン千代は意味をつかみ倦ねているようで首を傾げる。
「俺が一番お前を知っているからな。
誰よりもお前に似合うものを知っている」
耳元で囁けば面白いくらいに赤くなるギン千代に、
宗茂は気を良くした。
「そうだな、来月にでもどうだ?」
「何の話だ?」
きょとんとした顔を向けてくる彼女に愛しさがこみ上げる。
「結婚の話だ」
笑みを深めて言えば、一瞬彼女の瞳が驚きに見開かれ、
それから徐々に顔を赤く染め上げられた。
「貴様、いきなり……」
「いきなりではないさ。
言っただろう?次はお前の番だと」
ギン千代は一瞬何かを言おうとして口を開いたが、
呆れたようなホッとしたようなため息を付いて、
宗茂の胸に顔を埋めた。
小さく、最悪だというつぶやきがきこてきて、
宗茂は思わず小さく吹き出す。
あとで聞いた話だが、、
彼女は例のセリフを違うニュアンスで捉えたらしい。
「その最悪な男に惚れたんだ、諦めろ」
「うるさいぞ宗茂」
誂うように言った言葉に、ギン千代はバツの悪そうに返してきたが、
先ほどのような機嫌の悪さは感じられない。
むしろ少し嬉しそうだ。
その証拠に彼女の口角は僅かに上がっている。
「相変わらず素直ではないな」
思わず漏れた言葉に、バッと顔をあげたギン千代の頬の赤みはすでに消え、
代わりに凛々しく、
しかし何処かいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
「その素直ではない女に惚れたのは貴様だろう?」
ついさっき自分がいった言葉をそっくりそのまま返してきた彼女を、
宗茂は軽々と抱き上げると、ある方向へ歩き出す。
その先に何があるのか知りすぎているギン千代は、
即座に抵抗するが、ビクともせず、
苦し紛れに吐いた罵倒も、彼には全く効果がなかった。
「貴様!何を考えている、降ろせ……!この馬鹿者!」
「この家には俺達しか居ない、
たった今将来を誓いあった。そしてここは寝室だ」
いけしゃあしゃあといってのける宗茂に、
ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
様々な抵抗を試みるもすべて失敗に終わり、
気がつけばベッドの上に降ろされていた。
ギン千代が自分に覆いかぶさる宗茂を睨みつければ、
蠱惑的な笑みを返してくる。
思わず高鳴る胸と熱がこもる頬を隠すように、手を眼前で組めば、
あっさりと外され、耳元でそっと囁かれた。
「俺に惚れたのが運の尽きだな」
「馬鹿者……」
その言葉にギン千代は照れ隠しに悪態をついて、
彼にすべてを委ねることに決めたのだった。
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