「千熊は、奴に似ていたのだ……」
ひとしきり笑った後、ギン千代はポツリと言った。
「奴……?」
きょとんと首を傾げる直虎に、
ギン千代は照れたような苦笑しながら答えた。
「宗茂に、な。奴の幼名が千熊丸と言ったから……それで」
羞恥がこみ上げてきて、最後の方は蚊の鳴くような声だった。
どこか勝ち誇ったような顔、メス猫に好かれる所、
何より、毛や瞳の色が宗茂にそっくりだった。
愛おしげに千熊を見つめるギン千代に、
直虎は思わず笑みをこぼす。
「ギン千代さんは、宗茂さんのことが大好きなんですね」
ふいに漏れた直虎の言葉に、
ギン千代は顔を真っ赤に染め上げる。
「な……!?わ、私は別に……!!」
ギン千代はしどろもどろに言葉を紡ぐが、
言いよどみ、真っ赤な顔で口をパクパクと開閉させる。
戦場での凛々しさがすっかり成りを潜めたギン千代の様子に、
直虎は相変わらずにこにこと笑顔を浮かべていた。
「こやつの名前は、他言無用だ」
少し落ち着いたのか赤い顔を片手で隠し、
決まりが悪そうにつぶやいたギン千代。
知られれば、確実に誂いの種にされることだろう。
絶対に知られるわけには行かないのだ。
特に、憎らしいほど出来の良い伴侶には。
「残念だがもう手遅れだ、ギン千代」
突如掛けられた声に、二人は肩を跳ねさせた。
唖然とする二人をよそに、宗茂は千熊に近寄り抱き上げる。
「名前を頑なに教えないのにはそういう理由があったのか」
千熊の喉をなでながら、ギン千代に含みのある笑みを向け言った。
途端にギン千代は羞恥と怒りで顔が熱くなるのを感じた。
「貴様……!!」
明らかに怒りを含んだギン千代の声に、
直虎はどうしたらいいかわからず、おどおどと視線を彷徨わす。
「千熊か、まるで自分で自分を呼んでいるようだな」
「私を馬鹿にしているのか!?」
いけしゃあしゃあと言ってのける宗茂に、ギン千代が怒鳴ると、
宗茂は更に楽しそうに笑いながら答える。
「いや?可愛いと思ってな」
「なっ……?!」
予想外の言葉に、ギン千代の顔は怒りとは別の意味で、頬が熱くなる。
千熊を降ろし、あわあわとするギン千代を抱き寄せる。
余計顔を赤くして逃れようとするギン千代の顎に宗茂が手を添え口付けると、
ビクッと肩を跳ねさせ、驚きの余り固まってしまった。
「あの……?」
目の前でかわされる熱い口づけに耐えられなくなった直虎が声をかけると、
我に返ったギン千代は、力いっぱい宗茂を突き飛ばした。
ギン千代は顔から湯気がでそうな程に赤くなった顔を必死に隠し、
宗茂は悪びれた様子もなく、そんな彼女を見つめている。
そんな二人に直虎は苦笑いを浮かべ、
その膝の上で二匹の猫が我関せずとばかりに丸まって眠っていた。

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