結局三人が店をでたのはそれから1時間以上たってからだった。
日が傾き始めているなか、三人は本を抱えて帰路につく。
「あ、そうだ怪力姫?」
「誰が怪力姫だ!……何?」
「あんたは誰にあげるのさ?」
歩きながら、くのいちは兼ねてからの疑問を甲斐にぶつける。
自分は幸村に、ギン千代は-本人は否定しているが-宗茂に贈るわけだが、
日頃からモテたいが口癖の彼女の相手がくのいちには検討もつかなかった。
それはギン千代も同じだったようで、探るような視線を甲斐に向けていた。
「誰って……私のことはいいのよ!」
その視線に耐え切れず、
甲斐ははぐらかすように言って二人から顔をそらした。
「あっ」
不意にギン千代が声をあげた。
その視線をたどったくのいちは、胸が跳ねるのを感じた。
視線の先にいたのは、幸村だった。
「あらやだ、幸村様ナイスタイミング!」
くのいちの胸中を知ってか知らずか、
甲斐は嬉々とした声をあげ、くのいちの背を押す。
「ほら!行ってきなさいよ」
そう言うと甲斐は苦笑するギン千代の手を引き去っていった。
残されたくのいちはしばらくその場に立ち尽くし、
一人焦っていた。
「ど、どうしよう……」
本はあるにはあるが、書店の紙袋に入ったままである。
贈るのならやはりラッピングしてからと考えていたくのいちは、
この絶好の機会にどうすべきか悩んでいた。
「幸村様なら、気にしないよね」
そう結論づけてくのいちは幸村の後を追った。


距離を縮めていくと、ふと幸村が立ち止まった。
気づかれた。そう思いくのいちが声をかけようとした瞬間、
彼女の耳に幸村の困ったような声が届いた。
「どうすれば……」
「何がですか?」
反射的にくのいちが尋ねると、
幸村はバッと弾かれたように振り返った。
「こんな所でぼーっと立ってたら危ないッスよ?」
「あ、ああそうだな……すまない」
「あれ、幸村様その薔薇……」
ふとくのいちは困ったように謝る幸村の手に、
一輪の薔薇が握られていることに気づいた。
もしかして、幸村も今日の事を誰かに聞いたのだろうか?
くのいちの指摘に、わずかに慌てた様子の幸村を見て、
くのいちに悪戯心がわく。
「ははーん、幸村様誰かにプロポーズですか?」
誂うように言えば、慌てて否定してきた幸村の言葉に、
くのいちは目を見張った。
「ち、違う!これはそなたに……!」
はっとした表情の幸村はやがて、
覚悟を決めたように切り出した。
「くのいちは、サン・ジョルディの日を知っているか?」
「知ってますよ」
幸村の問いに即答すると、
くのいちはカバンから先ほど買ったばかりの本を取り出した。
「男性は薔薇を女性は本を贈る日ですよね?今日学校で聞きました」
幸村のもつ、可愛らしく包装された薔薇とは対照的に、
書店の紙袋にはいったままの本を差し出す。
飾り気のないそれに僅かに頬があつくなる。
「本当は、家に帰って、
ちゃんとラッピングしてから渡したかったんですけど」
火照る頬をごまかすようにくのいちは笑った。
ふと本の重みが手のひらから消え、
代わりに目の前に薔薇が差し出された。
「では、これは私から」
薔薇を受け取りながら幸村を見ると、
彼も照れたように笑っていた。
嬉しい。その感情がくのいちの胸を満たし、
自然と顔が緩む。
幸せに浸りながら、くのいちは心のなかで友に感謝するのだった。
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