翌朝早く、宗茂はギン千代の部屋へ向かった。 あるものを持って……。 「ギン千代、居るか?」 問いかけるが、返事は帰ってこない。 仕方なく襖を開き部屋に入る。 ギン千代はどうやらまだ寝ているらしかった。 起こさないようにそっと寝顔を覗き見る。 あどけない表情で眠るギン千代は、 幼い頃と変わって居ないように感じた。 ふいに宗茂の懐から小さくにゃーという鳴き声が聞こえてくる。 少しして、窮屈そうに茶色い子猫が顔をだした。 「ん……?」 「起きたか……?」 鳴き声に反応したのか、ギン千代が目を覚ます。 数回瞬きをした後、宗茂に気づくと勢い良く起き上がった。 「貴様……!なぜここにいる!」 ギン千代の怒声に怯むことなく、 宗茂は懐の子猫を指していった。 「昨夜、拾ったんだ。好きだっただろう?猫」 項垂れる宗茂が聞いた音は、 迷い込んだ子猫の鳴き声だった。 怯えているのか、寒いのか。細く震えている子猫をみて、 宗茂はギン千代が猫好きであることを思い出した。 本人は決して認めようとはしなかったが。 「震えていたからな。俺の部屋に入れた」 飼うだろう?そう笑いかければ、 僅かに驚いた顔をしながらギン千代は黙って頷いた。 子猫を、未だ布団の上に佇むギン千代の膝に乗せる。 すると子猫は数回膝の上で足踏みしてからゆっくりと、 ギン千代を見上げた。 「名前は、お前が決めてくれ」 そう言って、宗茂は部屋を出て行こうとする。 それをみて、ギン千代は慌てて、 しかし子猫を驚かさない様に着物の裾を掴んで引き止める。 「なんだ?」 宗茂が振り返りギン千代を見ると、 ほんのりと頬を染めはにかんだ笑みを浮かべていて……。 宗茂は思わず目を見張る。 「その……あ、ありが……とう」 絞りだすように放たれた言葉に、宗茂は自らの顔が緩むのを感じた。 その様子に、今度はギン千代が目を見張るが、すぐに笑みに変わる。 (ああ、この顔だ……) 二人同時に、同じことを思う。 この顔がずっと見たかったのだと。 「礼はいらない、お前の笑顔が見られたからな」 宗茂がそういうと、ギン千代の顔が一瞬で朱に染まった。 照れた彼女の仕草に、宗茂は更に気をよくする。 「なっなにを……!誂うな、宗茂!!」 「ああ、やはり俺はお前の照れた顔が一番好きらしい」 宗茂の言葉に、羞恥に耐え切れなくなったギン千代は、拳を振り上げた。 途端、下からにゃーにゃーと無邪気な声が聞こえてきて、 ギン千代は思わず動きを止める。 無邪気な目で真っ直ぐギン千代を見つめる子猫の姿に、 怒っていた自分が馬鹿馬鹿しくなり、ギン千代は小さく笑った。 そんなギン千代に釣られて、宗茂も小さく笑う。 昨夜とは打って変わって、二人の間を包むのは柔らかな雰囲気。 いつの間にか見えない壁は消え、二人共心からの笑みを讃えていた。 終 おまけ 「ギン千代、猫の名前は決めたのか?」 しばらくして、唐突に宗茂がギン千代に尋ねた。 自分は子猫の名前を聞いていなかったことに気づいたのだ。 「決めたが、貴様には教えぬぞ」 「何故だ?あれは俺が拾った猫だぞ?」 そう言えば、ギン千代は僅かに頬を染めた。 いよいよ訳が分からないと宗茂は首をかしげる。 「何故って……な、何でもだ!とにかく貴様には教えぬ!」 いうが早いか、ギン千代はくるりと背を向けると、 赤い顔のまま足早に立ち去ってしまった。 残された宗茂は訳が分からず、 しばらくの間呆然と立ち尽くしていた しおりを挟む back ×
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