部屋に戻ってからギン千代は一人うなだれていた。
怒りたかったわけではない。
ただ昔の様に笑いかけてくれないことが、
たまらく哀しかったのだ。
それがいつの間にか怒りに変わり、
気づいたら怒鳴っていた。
「どうすればいいのだ、私は……」
昔の様に、笑ってほしい。ただそれだけだった。
自分がそうさせてるのではないか。
ギン千代がそう考えたのは一度だけではない。
何故なら、宗茂が心からの笑わなくなったのは、
自分との婚姻が決まった頃からのような気がするからだ。
「宗茂……」
ポツリと名前を呟いてみるが、当然返事はなく、
壁に背を預けギン千代はズルズルと蹲った。



ギン千代が笑わなくなったのは、
彼女が立花家の家督を継いだ頃からだ。
その為の教育は受けてきたとはいえ、
七つの少女が背負うには重すぎる。
それでも彼女は必死に立花の名にふさわしくあろうとしていた。
その重責が、彼女から笑顔を奪ったのか……。
彼女は誰にも頼ろうとはしなかった。自分にさえも。
今や自分は、彼女より強くなった。
体格も力も、彼女を易々と抱き上げられるほどになった。
それでも彼女には自分が頼りなく映るのか……。
部屋に戻った宗茂は、悶々と考えていた。
なぜ彼女は怒った。いや……
「泣きそうだったな……」
ふと立ち去る直前の表情が蘇る。
何かを耐えるような顔。
目の端には月明かりに照らされ、キラリと光るものがあった。
久しく笑顔を見ていない。
それどころかいつも怒らせてばかりだ。
自分たちの間には見えない壁がある。
どちらともなく、気づいたら気づかれていた壁。
壊すにはどうすればいいかのか……。
項垂れた宗茂の耳に、か細い音が届いた。


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