「ギン…」 「泣きたいならば泣け、宗茂」 宗茂の言葉を遮って、ギン千代は続ける。 「今のお前はあの時の私と同じだ。 無理矢理気丈に振る舞おうとしている」 宗茂の表情がわずかに歪む。 ギン千代は彼を抱きしめる力を強め、 更に言葉を紡ぎ続ける。 「あの時お前は無理をするなと… 泣いていいんだと言ったな」 「ああ…あの時のお前は相当無理をしていたからな」 「私に無理をするなと言うなら、お前も無理はするな」 ギン千代がそう言うと、 宗茂は彼女の手を掴み顔が見える距離まで引き離した。 「俺は泣かない」 言うがいなや宗茂はギン千代に口付け、反論を封じる。 「っ宗茂…!」 頬を染めて睨むギン千代に、宗茂はフッと笑みをこぼす。 その笑に、先ほどのような悲痛さは感じられない。 「俺は泣かない。別にお前が頼りないからじゃない。 俺の代わりに泣いてくれる者がいるからだ」 そう言って宗茂はいつの間にか頬を伝っていたギン千代の涙をそっと拭った。 驚いたような顔をするギン千代に宗茂はもう一度口付ける。 「だが…いつかどうしようもなくなったら、 その時は…またさっきみたいに抱きしめてくれ」 不敵に笑ってそういう宗茂に、すっかり涙の引いたギン千代は 赤くなった顔を逸らしぶっきらぼうに言った。 「…っ仕様のない奴め!」 二人を覆っていたしんみりとした空気はいつの間にか消えさり、 いつもどおりの二人に戻っていた。 「ギン千代、今宵は満月だ。一緒にどうだ?」 酒の入った杯を差し出しながら宗茂が尋ねると、 ギン千代は少々呆れながらも、その杯を受け取り窓際へ向かった。 「お前が、俺の妻で良かった」 「なんだいきなり…恥ずかしい奴め。 だが私も、お前が伴侶で良かったと思っている」 先ほどとは打って変わり、やわらく感じられる月明かりに照らされ 二人の晩酌はしばらく続いた。 →あとがき しおりを挟む back ×
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