小説置場 | ナノ
そして僕たちは出会った

夏の終わり、街の路地に蹲っていた少女からは強烈な血の匂いが漂っていた。

「お前――、さっきの殺人事件の犯人だろ」

手に持つ血に濡れた武器からそう判断して問いかけると、白い少女の肩が小さく揺れる。
赤い斑点は見ている間にじわじわと広がって行っていた。だから直ぐにそれが返り血ではなく彼女自身の怪我からのものなんだと判断出来る。長い前髪の隙間から見える顔は、酷く青ざめていた。

「なぁ、助けてやろうか」

明らかに死にかけているその少女に再び問いかける。俯いていた少女はそこで漸く顔を上げた。血のように赤い瞳が、涙に濡れながら俺を見上げる。

「あなたは、誰」

そんな、つまらない問いかけには素直に自分の身分を明かした。

「犬のお巡りさんだよ、殺し屋のお嬢さん」

***

今の居住場所にしているマンションの一室は何処までも狭く最低限のものしか置けない面積しかない。それでも寝て起きるには十分なそこを格安で借りて使っていたが、今回ばかりはもう少し広い場所にしておけば良かったと思ってしまった。
運び込んだ少女の手当てをしてやってベッドに寝かせると俺の場所はなくなってしまう。仕方なく散らかった床のものをある程度退けて腰を下ろすと、月明かりに照らされて青白い顔をした少女の横顔がそこに浮かんだ。
だいぶ整った容姿をしているそれはどう見ても普通の少女だが、彼女から没収した武器は間違いなく人を殺せる凶器であり何より彼女から漂い濃い血の匂いが彼女を普通から遠ざけている。
――俺が彼女を発見する直前、とある屋敷で殺人事件が起こっていた。
何者かが屋敷に侵入し、その屋敷の主を惨殺して逃げていた。警報を聞きつけて警察官がそこに突入した時には既に遅く、そこには血だまりに沈む屋敷の主の姿があったのだ。
恐らくは彼女がその事件の犯人であろうと、警察官としての俺の勘が告げている。
本来ならば俺は直ぐに本部へとこのことを連絡して彼女の身柄を確保すべきなんだろうが、今の俺にはそんなことよりもやらなければいけないことがあった。
屋敷の襲撃者は最近この辺りを騒がしている犯罪組織のメンバーだと思われている。最近立て続けに起こっている事件はどれもがその犯罪組織にとって都合の悪い存在であり、恐らくは一斉に邪魔者を排除しているのだろう。
つまり、この少女を問い詰めればその犯罪組織の情報を得ることが出来るはずだ。
例え末端の存在だとしても直接命令を下してきた人間の情報ぐらい持っているだろう――最近俺のことを邪魔に扱っている同僚たちもこれで俺のことをいい加減認めざるを得なくなる。

「……その為にもお前には生きててもらわなきゃな」

呟いて顔白い顔をそっと撫でると、少女の目元から小さな滴が零れ落ちた。
まるで夢でも見ているらしい――少女は小さく呻く。

「誰も……殺したくない……!」

泣き叫ぶようなそれに、思わず手が止まった。――ああ、これは随分と厄介な奴を捕まえてしまったらしい。
今更後悔しても遅く、俺はただ彼女が目を覚ますのを待つしかなかった。

***

「で、お前さんは何処の誰なんだ。いい加減答えてくれ」

意識を取り戻した少女へと早速尋問を始めたが真っ白な少女はそれに一切答えることなくだんまりを決め込んでいた。
まぁそれもある程度は予想していた反応ではあったが、だからと言って此方は引くつもりはない。少し押し方を変えてみる。

「あのな、こっちは命の恩人なんだぜ。情報くれるぐらいしてもいいんじゃないか」

実際俺がどうにかしなきゃ彼女は危ない状態だった。あのまま警察に突き出すことも出来たのにそれをしないで命を一時的にでも助けてやったのだから少しの見返りぐらいあってもいいだろうとそれを恩着せがましく言いながら黙ったままの少女の横顔を見詰める。
だが彼女が口を開こうとする気配はなかった。青白い顔のまま彼女は頑なに口を閉ざしている。

「――お前がとある犯罪組織の人間だってのは分かってる。最近の殺人はどれもがその組織の邪魔者を排除してるからな。ったく、お前ら全く隠すつもりねぇだろ。あんな露骨に消しにかかったら流石の警察だって関連性に気付くぞ」

彼女がそういう態度なら仕方ない。多少強引にでも聞き出さなければ俺としては何の得も得られないのだから自然と声が鋭くなった。
それには彼女の細い肩がびくりと震えるが、今はそんな彼女を哀れに思う優しい気持ちはない。
どんなにか弱そうな少女に見えても彼女が凶悪犯であることは間違いないのだ。
油断したらいつ此方に噛みついて来るかは分からない。――一応手足は拘束していたが、だからって安心など出来るはずもなかった。

「……知らない。私は言われたままにやっていただけ」

初めて彼女が声を上げたが、その声は何処までも素っ気なかった。あまりにも身勝手な言い分に今度は若干の苛立ちを覚える。
殺人を繰り返しておいて知らないなんて言い訳はあまりにも勝手だ。
例え本当に死ななくたって被害者たちは誰もが重要な記憶を失くし、一瞬でも訪れた死の恐怖にこの後もおびえ続けることになるのに。

「だから罪はないなんて言わねぇよな。お前は立派な人殺しだ。――まぁここじゃあ人殺しなんてそんな重罪じゃないが、お前たちに殺された人物たちは誰もが重要な情報を失くしてる。一日分どころじゃ済まない量をな。お前たちどんな方法で殺したんだ?あんな綺麗に記憶を消しちまうなんて並みの方法じゃねぇだろ」

言うと、初めて彼女の瞳が此方を見詰めた。――赤い大きな瞳が驚きに満ちたまま俺を見る。

「――何を言ってるの。私はちゃんと人を殺した。記憶って何?そんなもの、あるはずが」

震えたそれに今度は此方が首を捻る。なんだこいつ、知らないのか。

「なんだお前、知らない奴なのか。今時珍しいな。……此処での死はその通りの死じゃないんだよ。体験したり身近で死ぬ奴がいないと中々気付かないけどな。俺たちは死ぬと一日分の記憶を失くしてまた甦るんだ。お前が殺してきた奴らはその一日分どころの記憶喪失じゃ済まない状態で甦ったけどな。お陰で警察じゃ大騒ぎなんだぜ。犯罪組織に関わっていただろう被害者からも何の情報も得ることが出来ないんだから」

それは、この世界の常識とも言える知識だった。言葉の通り中々気付かない奴も中にはいるが、大体は自分の死や家族の死によってその事実に気付かされる。
お陰で此処では殺人の罪はあまりにも軽く、せいぜいが一日分の記憶の喪失と肉体や精神への負荷を罪に問われる。
俺としてはあまりにも軽い扱いに若干の疑問が浮かんだりもするが、法律を決める側にいないのだからただそれに従うだけだ。

「……それは本当に死んでるの?」

少女がぽつりと吐き出した言葉に、思わず笑みが零れる。
それはかつて俺自身も感じた疑問だった。
大人になるにつれて考えるのも馬鹿らしくなった疑問の答えは未だに見つかっていない。

「お前、面白い奴だなぁ。……今まで殺した奴がどうなったか知らないで来たのか。良くそれで犯行を繰り返してたな。ああ、知らないからこそ出来たのかな」

呟いて、煙草の箱を開ける。けれど中にはもう吸ってしまったカスしか入っておらずに丸めてそのまま床へと放ると何故か急に床の汚さが目についた。
だからと言って掃除する気にもならずに視線をそこから逸らして彼女の背にある窓へと向ける。
月明かりは何処までも淡く、俺の部屋を照らし出している。
それを背に、彼女はまた小さく呟いた。

「……私は、やってない」
「――何言ってんだ今更」

唐突なそれには素の声が出てしまった。愛想もないその響きは彼女を必要以上に怖がらせたようだったが、彼女はそれに怯むことなく続ける。

「私は、一度も成功してない。……私は出来損ないだから。いつも、仲間が……やっていた。あの子は上手だから。私なんかより、ずっと」

最後は震えて聞き取りづらかったが、彼女はそう言ってまた俯いてしまった。本来ならば疑うべき言葉だったが――発見時の状況とその言葉が妙に合ってしまって自分の中で納得してしまう。

「……ああなるほど。だから傷だらけで倒れてたのか。犯人が現場近くにいるなんてそれこそ馬鹿げてると思ってたが、お前またミスしたんだな」
「……」

彼女はもう答えようとはしなかった。だが、それでもいい。少なくとも犯行の現場にもう一人の存在があったことは分かったのだ。
今はそれで十分だろう。――僅かな空腹感も覚えたので自分も床から立ち上がってベッドの上の彼女へと声を掛ける。

「まぁいいや。こっちとしては情報が得られるならお前が出来損ないだろうがなんでもいいさ。じゃあ悪いが当分は此処にいて貰うぜ。情報を吐けば飯を食わしてやる。だが死なせてやるつもりはないから安心しろよ」

言って、食事を用意する為に狭いキッチンへと向かっていった。冷蔵庫にはレトルト食品が並んでいる。その中から二つほど用意して温め出すと、部屋から彼女の小さな呟きが聞こえてきた。

「……死がないなんて」

それは、あまりにも当たり前な――それでもこの世界で考えてしまうのは危険すぎる違和感だった。


2017/03/21
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