夜空色の魔女1
今日はハロウィンという日で、僕の主人である魔女のフィオリーナにとっては一年の中で一番大きな出来事らしい。そのせいだろうか。さっきから彼女は魔法具で溢れたクローゼットから正装の魔女衣装を引っ張り出し、滅多に使わない箒を手入れしている。
「帽子、帽子はどこ? シャリー、帽子を探して!」
彼女の高い声が僕を呼んだ。
やれやれ、主人である彼女はいつもこうだ。魔女らしくもなく小屋に引きこもって研究ばかりしているくせに、いざこういう祭典となると張り切って魔女になりきる。いや、彼女はれっきとした魔女なのだが……
「シャリー聞いてる? 帽子を探して!」
彼女の声が飛んだ。僕は黒く長いしっぽをピンと立てて高い本棚から飛び降りた。
仕方がない。彼女のしもべの黒猫である以上、彼女に従わざるを得ない。僕はうーんと伸びをしてから散らかった部屋を見渡し、心当たりのある場所から帽子を探すことにした。
まずはクローゼット。彼女は魔女だと言うのに魔女らしい衣装はわずかしか見当たらない。おかしな薬ばかりを研究して作っている彼女の服は大抵床を引きずるほどの長い白衣だ。だから魔女らしくもない僕が苦手な眩しいほどの白い服ばかりが並んでいる。あとは樫の木で作られた魔法の杖や不死鳥の羽を使ったお守りとか彼女の魔法具がそこかしこに転がっていた。
きつい薬の臭いがこびりつく服の間を通り抜け、僕は狭いクローゼットをくまなく探した。しかし、その中に彼女の帽子は見つからなかった。
次は彼女の作業場だ。彼女の作業場は薬のきつい臭いで鼻がもげそうだった。
中央に大きな鍋を構えたその部屋は、薬棚がそこかしこに並べられ怪しい色ばかりの薬瓶が役目を待ち構えるように置かれていた。薬瓶には“透明薬”だとか“変身薬”だとか何の役に立つのかもわからない効能を示したラベルが貼られている。
彼女の薬が効能通りに効いたためしは僕の記憶の中ではほとんどない。僕が傷だらけで彼女のしもべとして迎え入れられた時、傷の治療として薬を飲まされたことがあったがあの時は僕の身体が半分透明になってしまった。もちろん治す方法など彼女は知らない。結局透明な身体が戻るまで数日を要してしまったのだ。
これ以上きつい臭いと嫌な思い出が残るこの部屋にいるのは願い下げだ。僕は深いため息をついて作業場を後にした。
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