(あぁ……翼が痛い)

 鉛色の空を飛びながら、僕はぽつりと心のなかで呟いた。
 凍てつくような冷たい風。温かいはずの藍黒色の羽毛は、小さな氷の結晶を付けていて、羽ばたくたびに全身が痺れる。

「おや、あれは何だろう」

 ふと、僕はその視界に、小さな影を見つけてスピードを緩めた。影は、僕が飛ぶちょうど真下にある。

 僕自身の影か――いや、影はぴくりとも動かないし、だいたい形が違う。それに、よく見ればあれは白や黄の色を付けているから、そもそも影じゃないのかもしれない。
 あんな小さなもの、いつもの僕なら気づきもしないで通りすぎて行ってしまうだろう。でも、寒さにおかしくなっている僕の身体は、なんとか休む口実を探していたのかもしれない。

 僕は藍黒色の翼を縮め、ゆっくりと旋回しながら曲線を描いて影のようなもののところへ下降した。

「わあぁ!」

 地面に着地しようとしたら、痺れた翼がうまく動かなくて僕は派手に転げ落ちた。さながら飛ぶことを夢みたアヒルのようだ。

「あたたた……、寒いし、うまく飛べないし、今日はさんざんだなぁ」

 僕は白い腹に着いた泥を払い落とし、情けない着地を誰かに見られていないかと辺りを見渡す。
 すると、どこからか小さな声が聞こえてきた。

「ふふふっ……。あなた、鳥のくせに変な着地の仕方するのね」

「誰だ!」

 僕はびっくりして小さな足でピョンと跳びながら、あまりの恥ずかしさに顔を熱くさせて声の主を探す。
 でも、ひたすらキョロキョロしても何の姿もない。あるのはどこまでも続く高原で、寒さに小さくなった草が霜をはっている。

「ここよ、ここ。あなたの足元」

 再び聞こえた声。その声の通りに、僕は足元に視線を落とした。
 そこにいたのは、白と黄色の羽をつけた小さな蝶だった。僕が空から見たものはこれだったんだ。

「僕の着地が変だって言ったのはきみかい?」

「そうよ。燕は空ではあんなに優雅に飛んで行くのに、着地は下手なのね」

「ち、違う! さっきのは寒くて翼がうまく動かなかっただけだよ!」

 僕は翼をバタバタさせて一生懸命に否定する。
 そう、僕は燕なんだ。あの青い空を一直線に飛んでいく燕なんだ!
 僕は心のなかでそう叫んだ。くちばしからは冷たい空に似合わない金切り声をあげて、翼からは風がふわりと舞い上がる。
 でも、ふとあることに気づいて僕は急におとなしくなった。

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春を見る冬越燕1
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