何ヶ国をも巻き込んだ戦争に終止符を打ったのは、あまりにも小さな国の王だった。 亡骸ばかりが積まれる国を背に、彼はこう言ったのだ。 「我を殺せ。さもなくば、おまえたちの勝利だ」 国を治めるはずの王が、敗北を望んだか―― しかし、それに異議を唱えるものはいなかった。いや、唱えられるものがいなかったのだ。なぜなら、国民はすでにぼろ布に包まれた、もの言わぬ人形。誰が異議を唱えられよう。 沈黙は同意。望み通り、王は敵国の手にかけられた。 しかし、王を殺めたというのに、敵国は敗北した国の名を語れなかった。 なぜか――地図に示すのが困難なほど小さかった国は、その存在さえ曖昧で、誰も名を知り得なかったからだ。殺めた王の名さえも、敵国は知らなかった。 いまとなっては、王の名を知るはずの国民は、ぼろ布に包まれた人形。語れるものは、誰ひとりとして存在しなかった。 敵国は頭を抱えた。名も知らぬ国を、敗北した国として語ることはできない。 結局、あまりにも小さな国は、最初から存在しなかったかのように姿を消した。敗北したわけでも、勝利をかざったわけでもない。そんな国は最初から存在しなかった―― それから数日もたたないうち、名も知らぬ国の王を殺めた敵国を勝利に戦争は終わった。しかし、その戦争に敗北した国は存在しなかった。名も知らぬ国の存在に誰もが不気味がり、その国の詳細を調べようと戦争を終わらせたからだ。 それならこれは休戦か。いや、しかしそれからというもの戦争は起きていないし、戦争を企てようとするものもいない。これは終戦だ――戦争に参加した国の誰もがそう言った。 しかし、戦争を終わらせてまで名も知らぬ国を調べても、なにもわからなかった。 どこの地図を見ても、そこに名前は存在しないし、国土さえ記されているものが少ない。それだけ小さかった国なのだが、確かにそこにあったのだ。 戦争で焼け野原になった国には、漆黒の瓦礫と亡骸しかなく、国の名を示すものも、王の名を示すものもなかった。 城の破片でも綺麗に残っていれば、王の名くらいはわかったかもしれない。しかし、城を集中的に攻撃したためか、城は炎で真っ黒に染まりあがり瓦礫と化していた。いまここに、国の存在を示すものは何一つない。 やがて、戦争に参加した国々は名も知らぬ国の王を埋葬した。しかし、その墓石に刻まれたのは何だったか―― 『存在しない国の王――ここに眠る』 戦争に参加し、焼かれ、王の死により敗北したはずの国。何ヶ国をも巻き込んだ戦争に終戦のきっかけを与えた、あまりにも小さな国。 焼けた土地に建てられたその墓は、いまも確かに存在する。 存在しない国の王 しかし、最近わたしはこんな疑問に気づいた。 名も知らぬ者を、なぜ王と確信したのか。埋葬した王は、確かに王だったか……? いまとなっては知る術もない。 謎は深まるばかりだ。 |