「それにしてもきみは動かないんだね」
そう、そうだった。さっきから僕の足元にいる蝶はピクリとも動いていない。あんなペラペラな羽のくせに、僕の風に煽られることもないんだ。
「そもそも蝶のきみが何でこんなところにいるんだい?」
僕は蝶に顔を近づけて首を傾げて見せた。蝶といえば、暖かい春や夏に飛び回る虫だ。こんな寒い時期に見たのは初めてだった。
でも、蝶は僕の質問に答えないままこう言ったんだ。
「燕のあなたこそ、なぜこんな寒いところにいるの? 移動する仲間とはぐれた坊やかしら?」
「ぼ、坊やじゃないやい! 僕は誇り高き冬越燕の一羽なんだ! だから冬でも寒さを凌いで生きる、すごい燕なんだぞ!」
僕は赤い喉を見せるようにえへんと胸を張った。
でも、蝶は興味なさそうに言い返す。
「あらあら、わざわざ苦労してここにいることないじゃない。あなたたちには海を越えるほどの強い翼があるんだから、さっさと温かいところへ渡っちゃえばいいのに」
「そうはいかないよ。僕の一族はここが大好きなんだ。確かにいまは食べ物もなくて寒くて厳しいよ。でも、春になれば綺麗なお花たちが顔をだして、夏には暑いほどの陽射しが照り付けるんだ。だから僕らはここを離れるわけにいかないんだよ」
僕は翼を広げて、あの暖かな春や夏の情景を描く。花が咲いていて、青い空が広がっていて――
「また戻ってくればいいじゃない」
僕の空気を読まない蝶は当然のようにそう言ってのけた。
けれど僕は一生懸命に否定する。
「ダメだよ! 僕らはここの春になる瞬間が一番好きなんだ。その時期をおちおち逃すわけにいかないんだよぅ!」
「変なの。物好きな燕ね」
蝶の一言に僕はムッと頬を膨らませる。けれどここは抑えよう。なにせ僕は誇り高き冬越燕の一羽だ。蝶の一言にいちいちカッカしていられない。
そういえば、まだ聞いていない答えがあった。
「きみこそ、なんでこんなところにいるんだい?」
僕はさらに蝶に顔を近づける。よく見れば、蝶の羽は小さな氷の結晶をつけて硝子のようにチカチカと輝いていた。春でもないのに――綺麗だ。
「私は……冬になる前に死にそこなったの。おかげでこの様。翼が凍りついてもう動けないわ」
蝶はいままでより小さな声でそう言った。
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春を見る冬越燕2
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