「しかしだね、我らが父なる神はすべてを見据えていらっしゃる。そう、この教会も。もし見えていないのだとしたら、それは本当の我らの神ではない。いくらこの教会が小さく汚くとも、ちっぽけな人間よりはよく見えるはずだからね」
そして老司祭は、口角を上げてこう言ったのさ。
「そなたは人間さえもその目に映さない、盲目な神に祈るのかね?」
巡礼者はこの言葉に唾を呑んだそうだ。背筋は虫が這いずりまわったような感覚に襲われ、指先までしびれる感覚に支配された。しかし、意地汚い巡礼者はそれでもなお言い返したのでございます。
「し、しかし神父様、神様は神の家に降り立ちます。教会は神の家。このような汚れた場所が、神の家と言うに相応しいでしょうか?」
巡礼者は手を広げて老司祭を説得するように話した。だが、老司祭は再び髭を揺らして笑いながら口を開いた。
「まったくそなたは面白い。私は大聖堂のように、奴隷に金や銀、数々の宝石を運ばせ、貧困な民から税を奪って建てさせた建築物にしか関心をもたない神に興味はないよ」
言ってから笑いを静め、老司祭は木肌の禿げた祭壇に肘をつき、その手に顎を乗せて、穏やかな色を浮かべた目でまっすぐ巡礼者を見たのでございます。それはさながら、哀れな者でも見たような視線だったそうな。
巡礼者は老司祭の話に言葉を失っていた。いままで当たり前のように信じ、祈ってきた神がこうも簡単に言い負かされたのだ。しかし、巡礼者はこの老司祭に怒りを覚えていたわけじゃないのさ。この巡礼者はそこまで愚か者ではない。老司祭の言うことがあまりにも正当に思えて、己の信じてきたものがあまりにも馬鹿馬鹿しい存在だったのだと気づいていたのだ。
「そなたはいったい、なにに祈るのかね?」
いつまでたっても口を開かない巡礼者に、老司祭は答えを促すように言った。
「……それは……」
巡礼者は言葉を濁しながら逃げるように老司祭から視線を逸らし、下を向く。
すると、老司祭は小さくため息をついて口を開いたのでございます。
「人間すらも見えない盲目な神かね? それとも、貴族にしか興味のない哀れな神かね? あわよくば、そなたしか見ていない小さな神かね?」
「……すべてを見据え、すべての人々の祈りに耳を傾ける神様です」
巡礼者は老司祭を上目遣いに見て、おずおずと小さく言った。
「そうか。それならここでお祈りをしていくといい。ここには、こんなしがない老司祭さえ見捨てない神がいる」
老司祭はそう言って、小さな目を完全にしわの中へ隠して微笑んだ。そして、再び杖をつきながらゆっくりと進み出て、礼拝堂を後にしたそうな。
残された巡礼者は、そこでしばらくの祈りを捧げた。周りに人気のないこの礼拝堂では、静かな祈りの合間に小鳥たちのさえずりやそよ風の話し声が聞こえてくる。それはそれは心地よい音で、祈りを終えた巡礼者はすっかり気持ち良くなって教会の外で飛び出して行った。
外には、教会の庭に広がる墓場の柵に腰掛ける老司祭がいた。墓はどれも教会のように薄汚く、弔いの花すらも添えられていなかった。
巡礼者は老司祭の前に走り寄ると、姿勢を正してこう言った。
「神父様。私をここに置かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「おぉ、一晩くらいなら寝床を用意しよう」
老司祭は嬉しそうに言うと、重い腰をゆっくりと上げた。
しかし、巡礼者は顔の前で両手を振ってからこう言う。
「いえ、私をここに置いていただきたいのです」
「はて、そなたは巡礼途中の者ではなかったかな?」
老司祭は不思議そうに首を傾げた。しかし、巡礼者は満足そうな顔で答える。
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聖地巡礼2