十字路更新分の没

2014/03/29 16:34
今回更新分の前にあるはずだったお話。そのまま本編に載せてもいいんだけど、いい加減お話がダラダラ進み過ぎなので余計な場面と割り切って省いてしまいました。
アヴィスがアヴィルになっているのは初期設定のせいです。





 セイレム村に来たアヴィルたちは、村の広場を流れる川に船を止めていた。仮の住居となるテントは円を描いて張られ、その中央には焚き火をした跡が残る焦げた木々の束が置かれている。
「やはり滞在する気か……」
 広場の近く――孤児院の門に立っている村長エリクが呟いた。その顔は眉が引きつり、彼らの滞在を複雑な心境で眺めているようだった。
「何を怖い顔しているんだい?」
 急に背後から声がかかり、肩をびくつかせたエリクは顔だけを後ろへ振り向かせた。
 声の主は、マリサ。片手に杖をつき、エリクの顔をさも不思議そうに見つめていた。
「アヴィルがこの村に来るのは久しぶりなんだろう? そんな顔で眺めることはないじゃないかい」
 マリサはエリクの隣へ悪いほうの足を庇いながらゆっくりと近づき、彼女も広場のアヴィルたちを目を細めて見やった。
「……そうなんだが」
「なんだい? アヴィルは盗人とでも言いたいのかい? 私が前いた村にもよくアヴィルは来ていたけどね、奴らはそんな輩じゃないよ。そこらの物乞いと一緒にしてやらんでくれ」
 村長のエリクにしては自信のない声に、マリサが強い口調で叱りつけるように言った。
 確かに、住居を持たないアヴィルはしばしば都市をうろつく孤児と同一視され、盗人だの物乞いだのと言われることがある。しかし、実際のアヴィルは確かに貧困な暮らしをしているものの、彼らなりに金を稼いで生計を立てており、盗人に走るものなど珍しい者だ。それを知っているエリクは、マリサの言葉に強い否定の言葉を放った。
「そんなことで悩んでいるんじゃない!」
「じゃあなんなんだい?」
 エリクの強い口調に一歩も引かず、むしろ詰め寄るように言葉を返してくるマリサ。
 一瞬、声を上げすぎたかと思ったエリクだが、マリサの悠然とした態度に舌を巻いた。そして、エリクにしては小さな声で、言いにくそうに口を開く。
「……彼らがここに来たなんて都市の聖職者に知れたら、異教徒だなんだかんだと騒ぎが起こりそうでな。それと同時に、術者の存在を知られて、村に危険が迫るんじゃないかと思っていてな」
 しかし、マリサの返事はいまだ漂々としたもので、「そう言うことかい」と他人事のように返された。しかし、エリクはもう気にすることもせず話を続けた。
「しかし、彼らが来ることで村は活気づくし、異国の珍しいものが手に入るから、来てくれたからには滞在させたい」
「へぇ。私は滞在させる方に賛成だけどねぇ。彼らが来るとそりゃもう村がにぎわうからね。年寄りの楽しみも増えると言うものだよ」
 マリサの意見に、エリクは前の話を聞いていなかったのかと呆れのため息をついた。
 確かに、彼らが滞在してくれることに越したことはない。しかし、それが村の危険を招くことにつながるのなら、最速追い出すことも考えなければいけないのだ。果たして追い出す意見に賛同する者が何人いるか……危害は加えないまでも異教徒として彼らと関わろうとしないセシリアは賛同してくれるのだろうが――。
 エリクの歯垢が回る中、ふと彼の頭の中で一つの疑問が浮かんだ。
「そう言えば、セシリアは彼らを異教徒だと言うが特に何もしないから良いんだが……ハーシェル神父は平気なのか?」
「ん? テル坊がアヴィルを異教徒だと言って追い出しやしないかってことかい?」
 マリサが眉をひくつかせた。彼女は村の主任司祭テルジアの話となるとどこか反応が良くなる。彼を元から知っているからだろうが、それ以上に己の子の話をしているようにマリサが反応するので、エリクはうっかり聖職者の悪口を言えなくなっていた。
「大丈夫だよ。テル坊はそんなことしないさ。むしろ異教徒とも謳わないさ」
 マリサは当然のように答える。
異教徒を何の躊躇いもなく受け入れる聖職者がどこにいようか――。
エリクはマリサの答えに少なからずの疑いを込めた。しかし、マリサはテルジアを最もよく知る人物であり、何よりもマリサもテルジアも今ではエリクにとって信用に値する人物だ。一瞬の疑いはすぐに消え去り、エリクはふと思ったことを口にした。
「……彼も不思議な聖職者だな」
「同感だね。ま、その師匠も不思議な奴だからねぇ」
 マリサは悪戯っぽく歯を見せて笑う。エリクよりはるかに年上であるのに、こういう笑いをするときのマリサはどこか幼く見えた。
「まぁ、ハーシェル神父がそれなら心配はない。私は教会に行って彼らと話をしてくる」
 そう言うと、エリクは踵を返して教会の方へ身体を向けた。
「話? 何について話すんだい」
「さっき言っただろう。アヴィルを滞在させるべきか否か、だ」
「それをテル坊と話すのかい? 村長なら一人で決められるだろう」
「いや、彼なら外の聖職者の状況もわかっているかもしれない。それを聞いて、アヴィルがここにいても平気なのか判断するんだ」
 アヴィルがいることで村の危険を招くという可能性は、外の聖職者の情報が何よりも必要になってくる。しかし、残念ながら村に囲まれた村にこもるエリクはそれを把握してはいない。都市と村を行き来しているセシリアなら知っているかもしれないが、彼女は教会と直接関係した聖職者ではないし、何よりもアヴィルを敬遠しているのだから話をしずらい。それなら、教会聖職者であるテルジアと話をした方が余程適任だ。
「そう言うことかい。あぁ、エリク」
 エリクの言葉に納得の意を示したらしいマリサだが、さっさと教会へ向かっていくエリクの背にまた彼女の声がかかった。
 エリクは少なからず面倒臭そうに顔だけをマリサに向けた。
「テル坊にまた変な疑い掛けるんじゃないよ」
 マリサの鋭い視線と強い口調。エリクはわかり切った風に返事をして教会へ再び足を進めた。





prev | next
BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -