私はもちろん、教室の中にいた三人の誰もが口を閉ざし、なんとも言えない空気が流れる。…竹谷って前から空気読めない奴だなとは思ってたけど、まさかタイミングまで悪いなんてどうしようもない。呆然と固まる私の横を通り、一人現状を把握していない竹谷は平然と教室へと入っていく。ちらりと視線を中へ向ければ、私と同じく固まっている三人が見えた。


「悪い悪い、待たせたな。……って、お前ら何固まってんだ?名字も」


いやお前のせいだよ。喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。今何か発言をするには、あまりに気まずすぎる。あの鉢屋でさえ何も言わないんだから。なんとも言えないこの状況に、誰も言葉を発さない。さすがに竹谷もこの不穏な空気を感じ取ったのか、何か焦ったような表情になった。


「……え、もしかして俺何かタイミング悪かった?」
「………」


そうだよばかやろう。


「あ、あの…名字さん、今の話聞いてた…?」


続く沈黙に埒が明かないと思ったのか、意外にも初めに口を開いたのは不破だった。いや、聞いてた?って……正直に言おうか迷ったけど、聞いてないと答えた所でこいつら(特に鉢屋)が信じるはずもない。


「…まあ、ちょっとだけ」
「ちょっとって?」
「……いや、だから…」


え、何こいつらそれを私に言わせる気なの?馬鹿じゃないの有り得ないだろ全員空気読めないのかよ!不破は素で聞いてるし、いつの間にか鉢屋はいつもの何か企んでいるような笑みを浮かべてながら私の回答を待っているようだった。くそ、鉢屋、なんて嫌な男だ。

さて、果たして私はどう答えればいいんだろう。君らが久々知の恋バナをしてて、恐らくその想い人が私かもしれない……なんて言えるわけがない。ああもう不破め、無茶振りもいいところだ。天然恐ろしい。


「名字さん?」
「………え、えっと…」


どうしよう、どうすればいい。っていうか大体いつ誰が来るかも分からない教室で恋バナなんてしてるなよ!あああ今すぐ空気になりたい何この拷問…!私が困惑していると、それまで下を向いていた久々知ががたんっと音を立てて立ち上がった。大きな音に私だけでなく、他の三人も久々知に視線を寄せる。


「………、っか」
「(か?)」
「勘違いするなよ!……べ、別に俺は、お前の事なんか好きじゃないからな!」
「…………は?」


………何そのツンデレのテンプレート。思わず口に出しそうになったけど、再びなんとか踏ん張って引っ込めた。あのくだり、巷では結構有名だけどまさか現実で聞けるとは思わなかった。久々知が本当にツンデレてそう言っているのか、はたまた本心なのかは正直微妙な所だけど……さっきの会話聞いちゃった手前何も言えない。


「も、もっかい言う。俺は別に、お前の事好きじゃない!」
「……」
「…ほ、ほんとだからな」
「はあ…」
「嘘じゃない!」
「そうですか」


取りあえず事を荒げないために大人しく肯定しておく。久々知は血が顔中に集まったみたいに真っ赤になっていて、まだ何か言いたそうに口をぱくぱくさせていたけど、最終的に「っほんとに好きなんかじゃないからな!」と叫んで教室を飛び出していった。その後を不破が「あっ兵助!」とか言いながら急いで追いかける。教室に静寂が訪れ、残されたのは机に手をついてにやにやと笑っている鉢屋と、状況を飲み込めていない竹谷、そして私。

…最悪、ほんとについてない。何で委員会よりにもよって今日だったの。ああは言ってたけど、多分久々知は私の事好きなんだと思う。なんで私?ってすごい思うけど、あんな赤い顔で好きじゃないとか言われても説得力ないし。別に久々知の事嫌いじゃないけど、お付き合いをするかと聞かれたら答えはノーだ。嫌いじゃないからって好きでもないし、そもそも誰かと付き合うとか面倒くさいし。はあと溜め息をつくと、鉢屋がくつくつと声を出して笑った。


「…何笑ってんの?」
「いや、前から思ってたけどさ、名字って良い性格してるよな。兵助の気持ち聞いてたんだろ?」
「あっちが違うって言ったからああそうですかって返しただけだよ」
「それが良い性格だっつってんの」
「…は、何?兵助ついに名字に告ったの?」
「八左ヱ門遅ぇよ」


ああもう面倒くさい。