「名前っ帰るんだぜ!」
「痛い痛い痛い痛い痛い!ちょっと放して勇洙痛いってば!」


六限目、そしてHRが終わると、勇洙は私と私の鞄を掴み無理やり教室の外へ連れ出そうとした。亜細亜クラスは誰もが比較的小さいけど、勇洙は例外だった。奴はでかい。なんか知らんけどでかい。比べて私は亜細亜ではまあ普通くらいの、欧米に比べて小さな身長。こんなでかい身体に力づくで引っ張られたら痛いに決まってるじゃないか!大体この脈絡のない行動の意味が分からない。帰るって言ったって私は帰宅部だけど勇洙は部活があるし、そもそも男女別の寮にどうやって一緒に帰るっていうんだろう。

こうして考えている内に勇洙の私を引っ張る力はますます強くなるし、亜細亜クラスのみんなはなんだなんだと不思議そうにこっちを見ている。ひーやだ私たち晒しもんじゃん!


「ちょっと離してってば!」
「名前が帰るなら離してやるんだぜ!」
「だから、私には用事がっ」

「勇洙さん、何をしてるんですか。名字さんを放してください」


私が悪戦苦闘していると、柔らかな動作でゆっくりと本田くんが私たちの前に現れた。本田くんを快く思わない勇洙は、あからさまに頬を膨らませ不機嫌を露わにする。


「俺らが何してようが菊には関係ないんだぜ、向こう行けよ!」
「関係あります。私は名字さんに用があるんです」
「名前は俺と一緒に帰るから菊と話してる時間ないんだぜ!」
「…勇洙さん、意地でも名字さんを離すつもりはないんですか」
「菊が向こう行ったら離すんだぜ」
「……ふう、仕方ありませんね」


本田くんはやれやれと眉間に皺を寄せて溜め息を吐くと、ポケットから携帯を取り出した。パチンと携帯を開いて慣れた手つきで素早くカチカチとボタンを操作しているところを見ると、誰かにメールしているようだ。


「おい菊、何してるんだよ」
「いえ保護者の方に連絡を、ちょっと」
「保護者?」

「菊ー!名前が大変ってどういう事あるか!」
「ああ、耀さん。お早いお着きで。こちらですよ」


バァン!そんな大きな音を立てて開いた扉の前に現れたのは、私たちより一つ先輩の三年亜細亜クラスの耀さんだった。なるほど、本田くんは耀さんにメールしてたのか。確かに勇洙を大人しくさせるなら彼の慕っている耀さんが説得するのが一番手っ取り早い。本田くん頭良いなあ。


「あ、兄貴!どうしてここに!」
「菊に呼ばれたある。それより勇洙、お前何名前にひっついてるあるか!離れるよろし!」
「違うんです兄貴!俺は止めようとしただけで、菊が名前に、もがっ」
「あっああー!ナイスタイミングです耀さん!早く勇洙を部活に連れてってください!」


あっあぶなー!余計な事を言おうとする勇洙の口を慌てて手で塞いだ。なんでそんな事本田くんが目の前にいるのに言おうとするの信じらんない!


「何するんだぜ名前、俺は兄貴に菊がお前にっ」
「ぐだぐだ言ってねーでさっさと部活行くある!」
「痛い痛い痛い!兄貴耳引っ張らないでください!」


アイゴォオオォ!という断末魔(…って言っていいのかな)を残し、勇洙は耀さんに引きずられクラスを後にした。いろいろでかい声で叫び注目の的となる勇洙がいなくなり、ほっとほんの少し肩の力を抜く。…いや私のこと心配してくれるのは分かるし嬉しいけど、勇洙はいちいち注目浴びすぎなんだよなあ。


「すみません名字さん、お手数おかけしてしまって…」


本田くんが申し訳なさそうに私に頭を下げた。お手数…間違いなく勇洙の事だろう。まあお手数には間違いないけど。


「ううん、本田くんのせいじゃないよ」
「ありがとうございます。……では、話は変わって本題なんですが」


本題?そう言われてハッとして周りを見ると、いつの間にか教室には本田くんと私の二人だけになっていた。頭を上げた本田くんの目が、急に真剣なものへと進化する。普段穏やかな顔をしている彼とは違うまなざしに心臓がどくりと跳ねた。


「名字さん」
「え、は、はい」
「私、実は…」


本田くんが一歩一歩私に近付いて来る。瞬時に勇洙に言われた言葉が頭を駆け巡った。信じられないし、今でも有り得ないと思うけど、でも、この雰囲気って……えっえええええ、嘘、まさかほんとに……?本田くんの真剣な瞳が私に突き刺さり、まるで金縛りにあったかのようだ。


「名字さん、私、ずっと前から…」
「ほ、本田く」
「ずっと前から…名字さん。貴方には綾●レイのコスプレが似合うと思っていたんです!」


…空気が、ぴしりと音を立てて固まった気がした。